写真:国立国会図書館/AI Generated/Chat GPT
いま私たちが当たり前だと思っている日本の企業の姿や、働き方、組織の常識は、最初にそれを形作った設計者や実装者がいる。『日本を創った57人の経営者』の本稿では、「科学をベースとしたものづくり」という日本が世界と伍していくための土台、いわゆる“OS”を最初にこの国にインストールした大河内正敏を取り上げる。科学研究の「楽園」を構築し、研究と事業化の両立を促す「研究と利益の循環システム」を作り上げた人物だ。(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)
ノーベル賞から「ふえるわかめちゃん」まで
「ものづくりニッポン」の原点とは?
日本は「ものづくり大国」だと、よく言われます。
かくいう私も「週刊ダイヤモンド」で長く記者を務め、編集長も経験する中で、「ものづくりニッポンの火を絶やすな」とか、「日本企業のものづくりのDNAが⋯」といった言葉を、何度となく使ってきました。
しかし、当たり前のように使われるフレーズではあるものの、立ち止まって考えると、たくさんの疑問が湧いて出てきます。そもそも日本が「ものづくりで食っていく国」だという方向性は、いつ、どのように定まったのでしょうか。
「日本資本主義の父」といえば渋沢栄一です。確かに渋沢は、生涯を通じて500以上もの企業と600の社会事業に関わり、銀行や鉄道などのインフラや教育、医療など、私たちの生活に欠かせない現代社会の基礎をつくった人物ではあります。でも、「ものづくり国家」の先駆とかというと、ちょっと違います。
日本を代表するメーカーの創業者ということであれば、トヨタ自動車の豊田喜一郎や、パナソニックの松下幸之助を思い浮かべるかもしれません。ホンダの本田宗一郎、ソニーの井深大・盛田昭夫といった方々も有名です。でも、彼らは「日本の強み=生産現場の改善と品質」という実像を体現した存在ではありますが、主に活躍したのは戦後の高度経済成長期です。
実は、そんな著名な製造業の創業者たちに埋もれつつも、戦前・戦中期に「ものづくりニッポン」の原点となる大きな功績を残した人物がいます。
理化学研究所の第3代所長、大河内正敏。彼こそが「科学をベースとしたものづくり」という、いわば日本経済の“OS(基本ソフト)”を最初にこの国にインストールした人物なのです。
おおこうち・まさとし1878年12月6日生まれ、1952年8月29日没
貴族院子爵議員、東京帝国大学教授から、理化学研究所第3代所長に就任。理研を国際的な研究機関に育て上げた。主任研究員にそれぞれ自由裁量の「研究室」を任せ、発明者個人に手厚い報酬を約束した上、理研自らが工業化、事業化に取り組み、その収入を研究費に還元するというサイクルを確立。理研コンツェルンをつくり上げた。 写真:国立国会図書館/AI Generated/Chat GPT
理化学研究所、通称「理研」といえば、ノーベル賞を思い浮かべる人は多いでしょう。実際、多くの日本人ノーベル賞受賞者が、理研で活動していた実績を持ちます。
物理学では中間子理論で日本初のノーベル賞を受賞した湯川秀樹。量子電磁力学の発展に寄与した朝永振一郎、江崎玲於奈。化学分野では、導電性ポリマーを発見した白川英樹、不斉合成反応の開拓者の野依良治、青色LEDの発明で知られる天野浩。さらには利根川進(脳科学)、そして山中伸弥(iPS細胞研究)……。2025年のノーベル賞受賞者である坂口志文、北川進も理研と由縁の深い人物です。まさに日本が誇る、世界最高水準の知を育んだプラットフォームです。
小難しそうな基礎科学の話ばかりでなく、ぐっと身近な話題にも目を移しましょう。
水で戻すだけで手軽に使える乾燥わかめの「ふえるわかめちゃん」。日本人の“心”であるみそ汁に欠かせない存在ですが、これも大河内がいなければ誕生しなかったかもしれません。
あるいは身近なオフィスの必需品であるコピー機。これも「光を当てて像を作る」という理研の感光剤研究が基になっています。
科学の最先端といえるノーベル賞から、一見するとまったく関係のなさそうな日本人の生活の原風景まで、そこには共通する「ものづくりの思想」があり、その源流をたどっていくと、大河内の存在に行き着くのです。
大河内は子爵の家庭に生まれたピカピカの“貴族”であり、自らも工学博士でした。しかも33歳で東京帝国大学の教授に就任したほどのエリートです。
1921年、理研の所長になると、研究者と経営者の二足のわらじを履くようになります。このとき、明確な思想を持って科学研究の「楽園」を構築しました。研究者を厚遇して、研究と事業化の両立を促す。そして、そこから生まれた利益で、「科学→発明→応用→事業化」というサイクルを回していくという好循環を組織に埋め込みました。
その根底にあったのは
科学こそが国を創る――。そして世界の潮流に追い付く。
という、強い思いでした。
大正時代の終わりにこの仕組みを創ったという点で、まさしく「ものづくりニッポン」の原点となる人物なのです。
次ページでは、大河内がいかにして「研究と利益の循環システム」というOSを日本にインストールしたかを探っていきます。
今、AI技術をはじめとする基礎研究分野に中国や米国が国家戦略として巨額の投資を続ける一方で、日本の科学予算は実質的に横ばいが続き、さらに「すぐ役に立つ分野」への選択と集中が加速しています。昨今のノーベル賞受賞者たちも、口をそろえて日本の科学研究に強い危機感を示しています。
日本が科学技術の分野で世界を再び席巻していくためにも、今こそ大河内の精神を学び直す必要があるでしょう。







