仕事がうまくいかない部下のスキルアップを促す……。これは、上司がやるべき重要な仕事です。ところが、熱心にスキルを教え込もうとすればするほど、部下の元気がなくなることがあります。なぜか? そこには、上司が見落としている非常に重要なポイントがあるのです。この記事では、新刊『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』から抜粋しながら、部下の成長を実現させるために、上司が見落としてはならないポイントについて具体的に解説します。

「成長=スキルアップ」という思い込みが、部下を潰しかねない深いワケ写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「仕事ができない」理由は、スキル不足だけではない

 メンバーを育てようとするとき、多くのリーダーは「知識やスキルを増やすこと」ばかりに目を向けがちです。

 もちろんそれはそれで大切なことですが、実際には、スキルを教えても成果につながらないケースもあるのが現実です。なぜなら、人が仕事をできるかどうか、成果を出せるかどうかを決めるのは、「スキル」の有無だけではなく、もうひとつ重要な要素が存在しているからです。

 どういうことか、具体的に考えてみましょう。

 これは、私のクライアント先の企業で実際にあった出来事です。

 入社したばかりの新人たちに、研修の一環として顧客対応を任せたのですが、みんなそれなりに対応するなか、ひとり湯沢さんだけ、問い合わせが来てから取り掛かるまでに時間がかかるうえに、一件の対応に30分以上かかることも珍しくありませんでした。

 そこで、上司の金井課長は、湯沢さんをサポートするべく、顧客対応マニュアルの内容をもう一度レクチャーしたほか、顧客対応のロールプレイに付き合うことで、湯沢さんのスキルアップに取り組みました。

 しかし、それでも状況は改善しませんでした。

 湯沢さんは一件対応するたびにぐったりと疲れ、ちょっとしたことですぐに「すみません」と小さな声で謝るようになりました。顧客対応の仕事で、ひどく消耗していたのです。

 そして、その様子をずっと見ていた金井課長は、「あれだけスキルを叩き込んだのに……能力がないのか……やる気がないのか……」と疑うようになり、私と話をする機会に「どうしたらいいですかね?」と尋ねてこられたのです。

人間には「アセット」と「フィルター」がある

 この話を聞いた私には、すぐにピンとくるものがありました。

 金井課長は一生懸命、湯沢さんにスキルを叩き込もうとしたと話していました。このとき、金井課長は湯沢さんの「アセット」だけを見ているのではないかと思ったのです。

 アセットとは、「知識・スキル・経験」など、タスクの処理に必要な「情報・能力」のことです。

 もちろん、顧客対応というタスクを処理するためには、このアセットを補強することも大切です。だけど、実際にタスクを処理していくうえでは、アセットだけではなく、「フィルター」という要素も大きな影響を与えています。そして私は、金井課長がフィルターの存在を見落としているのだと直観したのです。

 フィルターとは、ものの見方、信念、価値観、自己認識など、その人が無意識にかけている「色眼鏡」のことです。

 私たちは、一人ひとりが異なるフィルターを通して世界を見ているため、フィルター次第で世界の「見え方」は大きく異なってきます。

 たとえば、「失敗に学べば、成長できる」というフィルターをもっている人は、失敗をそれほど恐れないため、慣れない仕事を与えられてもそれほど心理的リソースを消耗しません。

 しかし、「失敗は自分の価値を下げる」というフィルターをもっている人が慣れない仕事を与えられると、失敗を恐れるがゆえに、大量の心理的リソースを消耗してしまうのです。

心をすり減らす原因を知る

 だから、私は、金井課長にフィルターとアセットについて説明したうえで、湯沢さんが「失敗は自分の価値を下げる」といったフィルターをもっている可能性があることを指摘。湯沢さんとの会話を通じて、彼女がどのようなフィルターをもっているのかを探求することを勧めました。

 すると、案の定、湯沢さんは「失敗は自分の価値を下げる」というニュアンスのフィルターをもっていることがわかりました。そのため、湯沢さんは、問い合わせに取りかかるたびに心理的リソースをすり減らし、思うように対応することができずにいたのです。

 そこで金井課長は、「もしも、お客様が不満をもたれたら、すぐに僕が電話を代わるから安心して。必ず僕がフォローするから、どんどん失敗してくれてOK。いまは、失敗を含めて、いろいろな経験を積むことが大切なんだから」と笑顔で説明しました。

 もちろん、それでフィルターが消えるわけではありませんが、それでもかなり不安は和らいだのでしょう。徐々に、湯沢さんは積極的に顧客対応に向き合うようになっていったそうです。

 このように、メンバーの成長を考えるときには、常に、アセットとフィルターの両方を見る必要があります

 特に注意が必要なのがフィルターです。金井課長に限らず多くのリーダーは、伸び悩んでいるメンバーのアセットを補強することに意識が向かいがちですが、実は、フィルターに原因があるというケースも多いからです。

 にもかかわらず、アセットの補強にばかり注力した結果、メンバーの成長が見られないと、金井課長のように「あれだけスキルを叩き込んだのに……能力がないのか……やる気がないのか……」などとネガティブなレッテル貼りをしかねません。それは、リーダーとして絶対にやってはいけないことです。