西村博之(ひろゆき)氏と堀江貴文(ホリエモン)氏 Photo:JIJI
ひろゆきが人気だ。SNSでもテレビでも彼を見ない日はないが、そのフォロワーを見てみると弱者が多い印象を受ける。なぜひろゆきの言葉は、生きづらさを抱えた人に響くのか。論破王が令和に受け入れられた背景に迫る。※本稿は、文芸評論家の三宅香帆『考察する若者たち』(PHP研究所)の一部を抜粋・編集したものです。
対比すると見えてくる
ヒット作の仕掛け
報われたい。――それこそが、令和のヒットコンテンツに共通する感情だ。
商品に、消費者の「報われポイント」とでも言うべきゴールが提示されていると、ヒットしやすい。
たとえば「考察」は制作陣の提示する正解という「報われポイント」があるが、「批評」は正解がないので「報われポイント」がない。あるいは、「推し」は応援した分だけ報われる。しかし「萌え」は報われることを求めていなかった。
そして「転生」は転生後に身体が変わって報われやすくなっているが、「タイムリープ」は何度やってもなかなかうまくいかない報われなさこそが醍醐味となっている(編集部注/筆者は平成のヒットコンテンツの特徴である、批評、萌え、タイムリープに、報われポイントを付与したものが令和のヒットコンテンツの考察、推し、転生だと分析している)。
そういう意味で、「報われポイント」があると、令和のヒットコンテンツは生まれやすいと言える。
だとすると、「報われポイント」として象徴的なのはSNSだろう。私は令和のSNSと平成の掲示板をこのような対比で見ている。
SNSは「フォロワー」や「いいね」の数が見えやすい=投稿の「報われポイント」がある
掲示板は「フォロワー」や「いいね」の数が見えない=投稿の「報われポイント」がない







