堀江貴文氏
投資に対して消極的な傾向があると言われる、安全志向の日本人。しかしいまや貯蓄重視の資産形成の方がリスクの高い時代となった。「お金はお金に稼いでもらえ」と言う実業家・堀江貴文氏が、資本所得の本質を説く。※本稿は、堀江貴文『あり金は全部使え』(マガジンハウス)の一部を抜粋・編集したものです。
資産所得への偏見は刷新しよう
労働の美化はもう時代遅れ
お金を稼ぐ方法は原則として、ふたつしかない。ひとつは労働所得。働いて稼ぐ、額に汗して給料をもらう、シンプルな方法だ。
もうひとつは資本所得。手元にある、いくらかのお金を運用して、利益を得ていく。いわゆる不労所得だ。具体的には不動産や株式投資、広告収入や印税、暗号資産などが資本所得として分類される。
「稼ぐ」意味合いにおいて、労働所得と資本所得に違いはない。だが日本社会では「資本を運用してお金を儲けるのは、けしからん!」「額に汗して働くのが正しい稼ぎ方で、資本所得はギャンブルと同じだ!」というような風潮が、古い時代からはびこっている。
竹中さん(編集部注/竹中平蔵氏)も、資本所得の話になると途端に大反対する人が現れると、困っているようだ。
要は、資本所得はズルい、という考え方だ。「額に汗して働く行為そのものが尊い」または「労働とは辛く苦しいもので、お金はその対価でなくてはいけない」という、勤労の道徳みたいなものが、日本社会では大切にされている。嫌なことを我慢する=美しいという価値観が、資本所得で稼ぐ行為を、悪者にしてしまっているのだ。







