「資本所得=不労所得」は
楽に儲ける方法なのか?
実際、「不動産で億単位の利益が出た」「印税で家をリフォームした」などという話があると、たいてい「得したよね」とか、「あぶく銭が入って良かったね」などと、嫌味めいたことを言われがちだ。少なくとも「よく頑張ったね!」と褒められたりはしない。
我慢して働いて稼いだお金は美しく、手を動かさないで得たお金は汚い……そう考えている人に、僕は正面から問いたいと思う。稼いだお金を、印象次第の美醜で判断し、所得によって自立する人の生き方を差別する。その方が、姿勢としてはズルいのではないか?
お金に稼いでもらう資本所得も、労働所得と同じように尊いはずだ。強盗や詐欺など、罰せられるお金の稼ぎ方は当然あるけれど、資本所得が違法ではないけどグレー……かのように嫌われるのは、決して容認できない。
そもそも論として、資本所得は楽に儲ける方法だと、誤解してはいないか?
例えば株式投資は、極めてハードな仕事だ。
資本を投じる企業やサービス、銘柄を見極める知見の蓄積や、情報をつかむのに適した環境と人脈づくり、ときには大きな損失を引き受けるストレスなど、とにかくすべての場面で汗をかきまくる。かなりエネルギーを消耗する、たいへん泥くさい仕事なのだ。
「辛くて苦しい労働は美しい」という、古くからの価値観は間違っているけれど、よく言われる「仕事に貴賤はない」という教えは、誠に正しい。資本所得も、得るのはとても大変で、稼ぎ方としては尊い方法なのだ。お金でお金を増やす価値観が、もっと普通にならなければいけないと思う。
投資の成功者に学ぶ
カネを使い尽くす心得
僕はあり金をはたいて、みんな一斉に貧しくなろう!と呼びかけているわけではない。ただ、「好きなことにもっとお金を使えばよかった……」と、後悔を引きずるような人生を、社会から減らしたいだけなのだ。
お金で得られる体験や、好きな遊びは、ひととおり済ませた!そう言いきって老いる方が、貯金通帳の残額が気になってしょうがない人生よりも、有意義に違いないのだ。
ビジネス史に残る成功者たちは、あり金を使いつくす達人ばかりだ。好きなこと、やりたいことに、常人外れの没頭力を発揮し、資金を惜しげもなく注ぎこんだ。借金や事業の失敗など、どん底も経験している。
貯金のセンスは、はっきり言って小学生以下。リスクを怖れず、あり金を使いきることに長け、レバレッジを最大限に効かせて大富豪となった。







