日本の常識を超えた
山岳鉄道の本場がもたらした学び

 箱根登山電車を運営する小田急箱根の営業企画部 菅原隆さんと、技術面について鉄道部営業・審査担当の勝又幸司さんに話を聞いた。

「正式に提携したのは1979年。当時、開通60周年を迎える弊社の意向と、日本人観光客を増やしたいスイス政府観光局の思惑が一致し、自然に話がまとまったという感じでした」(菅原さん)

 箱根登山電車は、1919年(大正8年)に日本初の本格的な山岳鉄道として小田原~強羅間で開業した。箱根の急勾配を上り下りするため、スイスの技術を取り入れた「スイッチバック方式」が採用されている。1900年代初頭には財界人の益田孝らの勧めもありスイスを訪問していたとのこと。勝又さんが初期の訪問記録について解説してくれた。

「箱根はもともと線路にギアを入れたアプト式で敷設の計画でしたが、スイスではカーブの多い急こう配なのに粘着レール式であったことから、設計の変更を実行しました」

 その結果、「125パーミル(1000m走って125m登る急こう配)の予定であった設計を、80パーミルに変えています」という点が重要だ。日本の常識を超えた“山岳鉄道の本場”がもたらした学びは深かったのである。

強羅駅に飾られるレーティッシュ鉄道から贈られたカウベル強羅駅に飾られるレーティッシュ鉄道から贈られたカウベル 写真提供:小田急箱根

強羅駅のカウベルだけじゃない
沿線に残るスイスからの贈り物

 箱根登山電車の強羅駅には、スイスから贈られたカウベルが設置されているが、これは交流を示す一部にすぎない。

「他にも駅名板、谷の左右でスイスと日本の風景が向かい合うジオラマ、箱根登山電車と記された機関車Ge4/4II型の模型など、本社にはスイスからいただいた品がいくつか保管されています」(菅原さん)

 日本からも「駅名板や制服・制帽などを贈っています」(同)とのこと。一般には公開されていないが、交流はしっかり続いているようだ。