ここからの三上の試案が実に興味深い。

 北方四島で現在、ロシア人が居住している地域は、それほど多くない。具体的には、択捉島はクリリスク(紗那)、キトーブイ(内岡)、ルィバキー(有萌)、レイドボ(別飛)、ブレベニスク(天寧)、ガリャーチェ・クリュチ(瀬石)、ゴールヌイの7カ所だ。

 国後島はユジノクリリスク(古釡布)、オトラドノエ(近布内)、ゴロブニノ(泊)、メンデレーボ、ドゥボボエ、マヤク・ロフツォヴァ、ブロヴァヤ・ルードーニーの7カ所。

 色丹島はクラボザボーツク(穴澗)とマロクリリスク(斜古丹)の2カ所で、歯舞群島に集落はない(国境警備隊を除く)。

 地名として挙げられている集落名は上記16カ所だが、実際にある程度の集落を形成しているのは半数で、かつての紗那、内岡、有萌、別飛(以上、択捉島)、古釡布、泊(以上、国後島)、穴澗、斜古丹(以上、色丹島)の8カ所しかない。

国後島古釜布の中心部にあるロシア正教会(2014年)国後島古釜布の中心部にあるロシア正教会(2014年) 提供:KADOKAWA

ロシア3割、日本3割
自然保護区4割で住み分ける?

 一方、戦前の郵便局の所在地(計23カ所)を見てみると、集落の形成状況があらかた分かる。

 幕末に北方領土を探検した松浦武四郎(編集部注:江戸時代末期から明治にかけての探検家)が描いた地図には、海岸線を埋めるように地名が並ぶ。地名の多くは、夏から秋にかけてサケやマスが遡上してくる河川の名称だ。

「侍の墓」(編集部注:択捉島の振別付近にある松前藩士の墓)を訪れた一戸(編集部注:一戸幸雄。函館市に暮らす択捉島の元島民)は、彼の漁場の近くを流れていた「フルベツ川」にも秋になると、川が真っ黒にみえるほど多くの魚が、産卵のためにひしめき合っていたと話していた。