リヴァディア宮殿で行われたヤルタ会談リヴァディア宮殿で行われたヤルタ会談。左からイギリスのウィンストン・チャーチル首相、アメリカのフランクリン・D・ルーズベルト大統領、ソ連のヨシフ・スターリン首相 Photo:Pictures from History/gettyimages

1945年、北方四島に生活する人々を突如襲ったソ連の侵攻。色丹島で生まれ育った得能宏は、ソ連の軍艦が現れた日のことを「人生が狂った日」と呼ぶ。そして2017年、そんな占領を後押ししていたのが当時のアメリカだったという衝撃の事実が明らかになった。未だ多くの日本人に知られていない真実と、その証拠をお伝えする。※本稿は、毎日新聞社会部根室記者の本間浩昭『見えない壁 北方四島の記憶』(KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。

ソ連軍が占領に使った艦船は
米軍が貸し与えたもの

 得能が「人生が狂った日」と呼ぶ9月1日に目撃した軍艦の中に、米国から無償で貸し出された艦船が含まれていたことはあまり知られていない。太平洋戦争末期に極秘で進められていた「プロジェクト・フラ(Project Hula)」の名で呼ばれる米ソ共同作戦だ。

 この作戦は、米露の軍事関係者や研究者の間ではつとに知られていたが、それを書き記した論文や書籍、これを取り扱った番組でさえ、注目されずに埋もれていた。当事者である元島民にもほとんど知られておらず、得能も知らなかった一人である。

「まさかアメリカがソ連に軍艦を貸して日本を攻めさせていたとは思いませんでした」

得能宏がソ連軍の軍艦を目撃した色丹島の天然の良港・斜古丹湾(2019年)得能宏がソ連軍の軍艦を目撃した色丹島の天然の良港・斜古丹湾(2019年)撮影:著者 同書より転載