「千鳥上陸作戦」の
埋もれていた歴史

 当時、振興局の副局長として遺産発掘事業を手がけていた谷内紀夫も、この事業で資料を集め始めるまで、ソ連軍の千島上陸作戦に使われた軍艦が、米軍から無償貸与された軍艦だとはつゆほども知らなかった。

 その谷内は、米露共同極秘作戦が日本人にとって「周知の事実」となっていない以上、掘り起こすべき遺産事業と判断し、企画展の準備を粛々と進めたのである。

 私の取材に対しても、極めて冷静にコメントした。

「ルーズベルト大統領はソ連の早期参戦を促しただけでなく、上陸作戦に必要な軍艦を貸与していたのです。さらに、貸与した軍艦の操船訓練を秘密裡にしていました。ロシア語に訳した操船マニュアルまで作成されていたのですよ。北方領土の不法占拠を米国が後方支援していたことを示す明らかな証拠です」

 ところが、振興局の上部機関である北海道庁は、北海道新聞、それに続く毎日新聞の報道以降、谷内に「コメントするな」と発言を封じる。

 谷内は、北海道新聞の記者から海外流浪の後、北海道庁に勤務し、退職後は根室市役所で北方領土対策監を務めるなど異色の経歴をもつ。母は、国後島出身の元島民2世だ。2025年に67歳となったが、持ち前の反骨精神はいまも失っていない。

 だが、当時は「日米関係に影響を与えかねない」「振興局ふぜいが関与すべき問題ではない」「事実関係に誰が責任をもつのか」などという声が道庁内部であがり、このときばかりは矛を収めたと聞く。

日本と戦争をしていないソ連に
アメリカは支援をできないはず

 その谷内は「レンドリース法が対日戦争でも適用されたかどうか、よく分からない」と考える。

(編集部注:レンドリース法とは、第2次世界大戦で米国が連合国に支援した軍事プロジェクトのこと。第1次世界大戦でヨーロッパ列強の対立に巻き込まれた米国は、1935年制定の「中立法」に基づき、当初は第2次世界大戦に参戦しなかった。しかし、枢軸国側が「日独伊三国同盟」を結ぶと、非介入の立場を貫くことが難しくなり、41年3月に「レンドリース法」を成立。「米国の安全保障上、重要であると大統領が考えるような国に対して、あらゆる軍事物資を売却し、譲渡し、交換し、貸与し、賃貸し、あるいは処分する」とした。)