米国の通信情報機関NSAと契約しているセキュリティ会社の社員エドワード・スノーデン氏(30)が、NSAの世界的な電話盗聴、Eメール監視などを暴露した事件は欧米で大波乱を巻き起こした。だが日本メディアの関心は比較的低い。巨大な闇の権力NSAに対する予備知識が欠けているためだろう。

存在自体が極秘だった

 National Security Agency(NSA)は「国家安全保障局」と訳すのが日本の慣行だが、これは誤訳だ。この場合「セキュリティ」は「機密保全」の意味だから、「国家保全庁」が適訳だろう。米国には第2次大戦前から陸・海軍に通信情報組織があり、1921年のワシントン海軍軍縮会議で、日本側が「主力艦の5・5・3」の比率を呑む腹積もりであることも予知していた。

 日本の外務省の電報は日本大使館より早く解読していたし、海軍、陸軍の暗号の解読にも成功した。戦後も米陸・海・空軍にそれぞれ通信傍受・解読部隊があり、これらは自軍の暗号の作成や秘話電話網の開発などもするため表向きには「セキュリティ(保全)部隊」と称した。1952年10月24日のトルーマン大統領命令でこれらを統括する国家レベルの保全庁が設立されたが、その存在自体が極秘とされ、日本の省庁の設置法に当たる政令はいまも秘密だ。法案を議会にかければ存在が露見するから、秘密政令にしたのだろう。

 設立当初でも人員は推定約1万人もいたのだが、国防総省の外局だから経費は国防予算にまぎれ込ませていると考えられる。NSAは米政府の組織表にも載せず、職員はNSAという語を使うことが厳禁され「連邦政府職員」と称した。歯科医院で麻酔中に口が滑るのを警戒し、指定医院以外に行くことも禁止だった。

 1960年9月、2人のNSA暗号職員がソ連に亡命し、米国の同盟国を含む40ヵ国以上の通信を傍受していることをモスクワでの記者会見で述べたため、NSAの名が世界に知れ渡ったが、米政府は否定したためNSAは“No Such Agency”(そんな庁はない)の略称との冗談が広まった。この当時、日本の記者もはじめてNational Security Agencyの名を知り、何をする役所か分らず、National Securityは「国家安全保障」だから、それを扱うのかと思って「国家安全保障局」と誤訳したのが定着したようだ。