「優秀」だから「信頼」されるわけではない

安達氏は、それだけでは足りないと言う。

「しかし“優秀だな”と思っただけで、次も仕事を頼むでしょうか? 継続的に仕事をもらい、長期的な関係を築くには、信頼が必要です。信頼が生まれるには、“優秀だな”だけでは足りません」(p.79-80)

優秀だと思われること、イコール信頼されることではない。
たしかに、「この人はすごいな」と思っても、「また一緒に仕事したいか」と言われると、ためらう人はいる。
能力は高いのに、どこか冷たい。自分のことをわかってくれている感じがしない。そういう人だ。
では、信頼はどこから生まれるのか。
安達氏によれば、それはこういう瞬間だという。

「信頼が生まれる瞬間の心情はこうです。“この人、我々のためにちゃんと考えてくれてるな”」(p.80)

「優秀だな」ではなく、「自分たちのために考えてくれている」。
この違いは大きい。前者は能力の評価であり、後者は姿勢への信頼だ。

知識は「披露する」ものではない

本書の中で、特に印象に残った一文がある。

「知識は披露するのではなく、だれかのために使って初めて知性となる」(p.111)

会議で「こんなことも知っている」と見せたくなる瞬間がある。「こんなふうに整理できる」と披露したくなることもある。
でも、そこに意識が向きすぎると、肝心の「誰のために」が抜け落ちる。
知識や技術は、持っているだけでは意味がない。それを「誰かの役に立てる」方向に使って初めて、知性として機能する。
安達氏は、こうも言っている。

「隣に座っている人が何を求めているのかがわからない人が、顧客が求めていることを想像するのは難しいでしょう」(p.65)

目の前の相手が何を求めているのだろうか。
それがわからないまま、どれだけ準備を重ねても、届くはずがない。

「どう言うか」の前にあるもの

安達氏が繰り返し伝えているのは、技術の「前」にあるものの重要性だ。

「皆が自分の考えを優先する時代だからこそ、いったん相手の立場に立って、頭のいい人になってみる。人は頭のいい人の話を聞こうとします。頭のいい人がすすめるものをほしくなります。頭のいい人と認められれば、自分のやりたいことも通りやすくなるのです」(p.70)

まず相手の立場に立つ。そこから始めれば、同じ言葉でも届き方が変わる。
資料を開く前に一度だけ、相手がこの場で何を決めたいのか、何に困っているのかを確認する。そこが見えるだけで、「どう言うか」を盛らなくても言葉は通りやすくなるのだ。

(本稿は『頭のいい人が話す前に考えていること』に関する書き下ろし記事です)

山守麻衣(やまもり まい)
実績200冊超の書籍ライター。早稲田大学第一文学部卒業後、50代からのライフスタイル月刊誌『いきいき』(現ハルメク)の編集者として5年勤務。その後、独立。健康書、ビジネス書を中心に医師、教授、経営者、著名人の構成多数。自身と娘2人の中学受験を経験。自著に『ワーママ時間3倍術』がある。