「仕事ができる人」になりたいと、多くのビジネスパーソンが願う。しかし、知識やノウハウを身につけたからといって、そうなれるとは限らないのが難しいところ。実際には、「仕事ができる」ためには総合的な能力が求められてくるからだ。そのスキルを言語化して豊富な実例とともに解説、ロングセラーになっているのが『Deep Skill ディープ・スキル』だ。「人と組織を巧みに動かす深くてさりげない技術」とは? (文/上阪徹、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

腕を組むビジネスパーソンPhoto: Adobe Stock

「仕事ができる人」の力を言語化した

「仕事ができる人」になりたいと考えているビジネスパーソンは少なくないだろう。今や手軽にさまざまな「学び」へアクセスができるようになり、勉強熱はますます高まっている。

 だが、知識やノウハウを手に入れることができれば、即「仕事ができる人」になれるのかというと、必ずしもそうではない。このことに気づいている人は少なくないのではないか。

 必要なことは、知識やノウハウを活用しながら、具体的に仕事をぐいぐいと前に動かしていく実行力だ。

 では、そのためには何が必要になるのだろうか? これを具体的に語ることができる人はあまりいないかもしれない。

 その力を「ディープ・スキル」と名づけたのが、本書の著者、石川明氏だ。リクルートで新規事業に幅広く携わり、のちに総合情報サイト「オールアバウト」社で活躍。

 2010年からは、企業における社内起業をサポートすることに特化したコンサルタントとして独立し、大手企業を中心に、新規事業の創出、新規事業を生み出す社内の仕組み作りを支援してきた。著者は100社、2000案件、4000人以上の企業人と関わり、人や組織を巧みに動かす力について理解を深めていった。

 本書では、人と組織を巧みに動かす21の技術について解説が行われていくが、ビジネスパーソンにとっての当たり前がそうでなかったドキリとするワードも並んでいる。

 例えば、ディープ・スキル16に記されているのは、“「合理性の罠」に陥らない方法”。サブフレーズは“「合理的」に考えても結論が出ないときの思考法とは?”。

合理性には“罠”があることも認識しておく必要があります。「合理性」のみを追求することによって、誤った判断をしてしまったり、問題を余計にこじらせたりしてしまうケースがあるのです。(P.213)

 ビジネスで求められるのは「合理性」。最も効率的に目的を達成する方法を、合理的に考える能力がなければ、ビジネスを成功させることは不可能と著者は記す。

 合理性に欠けた話をするビジネスパーソンはまともに相手にされないし、理の通らないビジネスプランが承認されることもない。ビジネススクールで「ロジカル・シンキング」の授業が人気なのも当然、とも。

 ところが、誰もが追いかける合理性には罠があるというのである。

新規事業はやらないほうが一見、合理的

 新規事業に携わるとき、「合理性の罠」の存在を強く意識させられるという。合理的に考えれば考えるほど、新規事業への投資よりも、既存事業への投資を優先すべきで、新規事業には投資すべきでないという結論に至りがちだからだ。

 合理的で、いわゆる“賢い人”が多い企業ほど、そうなる傾向が強いように感じる、と著者は記す。

 新規事業への積極的な投資を否定する企業人はいない。経営学の教科書をひもとくまでもなく、時間の経過とともに事業環境が変化するのは、歴史の必然だ。既存事業に頼る経営を続けていたら、いずれジリ貧になっていく。

 長期的な経営の安定を求めるならば、新規事業への投資は不可欠となる。

ところが、当たり前のことですが、新規事業に投資をしても、そのリターンが得られるとは限りません。どんなに合理的なビジネスプランを考えたとしても、やってみなければ結果はわからない。それが、新規事業なのです。(P.213)

 既存事業への投資やリターンや成果をかなり精度高く予測できる投資効率を「合理的」に考えれば、新規事業よりも既存事業への投資を優先するという結論にどうしても至ってしまう。まさしく「合理性の罠」である。

 著者自身、かつて勤務していたリクルート時代に、「合理性の罠」の真っ只中に立たされたことがあるという。時は1990年代なかば。アメリカでは、インターネットが民間にも普及し始め、斬新なサービスが登場し始めていた。

 著者が在籍していた新規事業開発室では、これが日本にも波及するのは確実と見た。当時のリクルートの主力は「情報誌事業」。インターネット時代がくれば、優位性が揺らぎ、危機的状況が起こりかねない。

 こうして社内のさまざまな部門に「インターネットを活用した新規事業の検討を始めましょう」という働きかけを開始したが、戻ってきたのは強い反発ばかりだった。

すべての事業部は単年度の収益目標が課せられ、その達成を至上命題としてギリギリの努力をしています。にもかかわらず、海のものとも山のものともわからないインターネットのためにリソースを割くわけにはいかない、というわけです。(P.215-216)

 新規事業開発室は約10年のスパンで構想する立場。事業部サイドは短期的な収益目標を達成する立場。時間軸やミッションが異なり、それぞれの合理性を追求すれば、異なる結論に至ってしまう。双方ともに合理的な結論だからこそ、折り合う余地がなくなってしまったというのである。

合理性は「意志」達成のために必要とされる

 実際にはどうなったか。今のリクルートを見れば、よくわかる。紙の情報誌はインターネットにいち早く置き換えられ、リクルートの優位性が崩されることはなかった。では、リクルートは「合理性の罠」といかに戦ったのか。

 著者らが考えたのは、経営判断を仰ぐことだった。しかし、これまでと同じ「合理性」だけを軸に議論しても、対立がより深刻になるのは明らか。いや、経営にとって「目の前の収益」は生命線。10年スパンでの「合理性」だけでは自分たちが明らかに不利だったと著者は記す。ここで求められたのが、「ディープ・スキル」だった。

そこで、私たちはこう考えました。企業経営に「合理性」は不可欠です。しかし、経営判断の根源にあるのは、「合理性」を超えた「意志」ではないのか、と。
実際、合理的な議論を尽くしても、社内での意見の統一ができないとき、最終的な意思決定の拠り所になるのは、「我が社は何のために存在しているのか?」「どういう会社になりたいのか?」といった「意志」の世界に属するものです。(P.217)

 もとより、合理性とは「最も効率的に目的を達成すること」という意味。その「目的」を決めるのは「意志」にほかならないと著者は記す。

 つまり、最初に「意志」があり、その「意志」を達成するために「合理性」が必要とされるのだ。合理的な議論だけで結論が出ないときには、そもそもの出発点である「意志」に立ち戻る必要があるというのである。

 では、リクルートの「意志」は何か。それを確認するため、著者らは江副浩正氏による創業以来の歴史を改めて辿ったのだという。江副氏が最初に手掛けたのは、東京大学新聞に掲載する求人広告事業。人材を求める企業と、職を求める学生をマッチングすることだった。これが、リクルートの原点だった。

 その後、自社媒体の情報誌を創刊し、メディアを多様化させ、旅行や中古車など取り扱う対象を拡大した。しかし、やっていたのは、一貫して「マッチング・ビジネスを行うこと」だったのだ。

 だから、経営陣にこう主張したのだという。

「我々は情報誌のナンバーワン企業でありたいわけではありませんよね。創業以来、一貫してマッチング・ビジネスのナンバーワン企業を目指してきました。その意志を実現するためには、いま新たに誕生しようとしている、インターネットというメディアにも果敢に挑戦していくのが、我々リクルートの進むべき道ではないでしょうか」(P.218)

 こうしてインターネット黎明期から、全社的にインターネットに事業の舵を切っていくと経営陣は号令をかける。「合理性の罠」は回避されたのだ。

 どんな企業にも経営理念やビジョンがある。自社の「意志」に立ち戻ることは「合理性の罠」を解決するのだ。

 合理性だけでは前に進めない局面でこそ、何をよりどころに判断するのか。そこに目を向けることが、仕事を動かす力につながっていく。

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『東京ステーションホテル 100年先のおもてなしへ』(河出書房新社)、『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか』(日経ビジネス人文庫)、『彼らが成功する前に大切にしていたこと』(ダイヤモンド社)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。