いま話題の「ディープ・スキル」とは何か? ビジネスパーソンは、人と組織を動かすことができなければ、仕事を成し遂げることができません。そのためには、「上司は保身をはかる」「部署間対立は避けられない」「権力がなければ変革はできない」といった、身も蓋もない現実(人間心理・組織力学)に対する深い洞察に基づいた、「ヒューマン・スキル」=「ディープ・スキル」が不可欠。本連載では、4000人超のリーダーをサポートしてきたコンサルタントである石川明さんが、現場で学んできた「ディープ・スキル」を解説します。
今回のテーマは、「調整」。組織において、部署間「対立」は構造的に不可避の現象です。これをどう解決すればよいか?多くのビジネスパーソンが悩んでいるはずです。ここで重要なのは、「調整」と称して、「妥協」「譲歩」で安易な解決をしないこと。それでは、結果的に「禍根」を残す可能性が高いからです。では、どうすればよいか? 対立を解決する「調整」のディープ・スキルについて解説します(本連載は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集してお届けします)。

「賢い人」が、トラブルを収める時に考えている“たった一つのこと”とは?写真はイメージです。 Photo: Adobe Stock

組織というものは、
「部署間対立」が起きる構造になっている

 部署間の「対立」──。

 これは、組織において不可避的に起きる現象です。

 なぜなら、「営業」「製造」「企画」「開発」「人事」「経理」などの各部署は、それぞれに特化した役割とミッションを与えられているがために、基本的に利害が対立する構造になっているからです。

 例えば、開発部門は予算がかさんでも最高のクオリティを追求したいと考える傾向がありますが、経理部門はできるだけ予算を削減したいと考えるでしょう。あるいは、生産部門は生産性の高い製品をつくりたいと考えますが、営業部門は顧客の要望に応えて多品種の製品をつくってほしいと考えるかもしれません。

 これらはどれも、「エゴイスティックな主張」をしているわけではなく、それぞれの部署に与えられた役割とミッションを果たすために、「当然の主張」をしているにすぎません。つまり、それぞれの主張は、その立場においては「正義」なのです。それだけに、この「対立」を解消するのは容易ではなく、時に「揉め事」へと発展していくわけです。

「編集部」と「営業部」の対立

 これには、私もずいぶんと悩まされました。総合情報サイト「オールアバウト」の基幹収益事業の責任者を務めていたときも、読者にとって有益な記事をつくることをミッションとする「編集部」と、主たる売上である企業広告をとってくることをミッションとする「営業部」が、ことあるごとに対立したものです。

 なぜ対立したのか? その構図をご理解いただくためには、オールアバウトの「成り立ち」から説き起こす必要があります。

 そもそもオールアバウトは、インターネット黎明期だった当時、多くの人々が「信頼できる情報」にアクセスするのが難しいという「不満」を解消することで、よりよい社会を実現することを事業理念として立ち上げたメディアでした。

 そして、「信頼できる情報」を人々に届けるために、「ビジネス」「お金」「健康」「暮らし」「住宅」といった生活全般に関するテーマにおいて、それぞれの専門家に「読者目線」で執筆していただいた「信頼できる記事」を無料公開するスタイルを採用。この専門家による記事の「質」こそが、オールアバウトの「最大の武器」だったわけです。

 ただし、この無料の情報サービスを発展させ、より多くの人々の「不満」を解消していくためには、「企業広告」という収益基盤が不可欠です。そこで、私たちは、専門家による記事のような体裁の「タイアップ広告」という商品を開発(もちろん、広告記事であることは明記)。これが、当時のオールアバウトの主要な収益源だったのです。

なぜ、部署間「対立」は激化するのか?

 ところが、この「記事のような体裁」というのが難しい。

 なぜなら、「記事のような体裁」をとる以上、企業広告ではありながらも、「企業目線」だけでなく、「読者目線」で価値のある「情報」を提示する必要があるからです。つまり、広告主である企業の要望に、必ずしも沿うことができないというジレンマがあったわけです。

 これが、編集部と営業部の「対立」の火種になりました。

 営業部が広告主から受注をして、編集部が広告記事の制作を行うのですが、そのプロセスにおいて、広告主の要望を通したい営業部と、「読者目線」での記事作成にこだわる編集部が真っ向から対立することが多かったのです。

 編集部が、「そんな提灯記事のようなものを書いたら、メディアとしての信頼を損なう」「そんな読者に誤解を与えるような広告を掲載できるか!」と言えば、営業部は、「広告主の意向なんだから仕方がないだろ。誰のおかげで飯が食えているのかわかっているのか!」とやり返すといった具合。激しい言葉の応酬に発展したことも、一度や二度ではありませんでした。

 このような部署間「対立」が起きたときは、双方が「自分の意図」を丁寧に説明して、お互いに理解し合うのが「王道」ですが、これだけでうまくいくことはまず期待できません。

 先ほども述べたように、双方ともに異なるミッションをもっていますから、お互いの「意図」を理解したところで、それが折り合うとは考えにくい。

 オールアバウトの例で言えば、編集部は「読者に有益な情報を届ける」という意図を訴え、営業部は「売上を上げるためには、広告主の意向に沿う必要がある」という意図を訴えるでしょう。どちらにも「正義」があるため、これでは平行線が続くだけなのです。

「譲歩」と「妥協」によって、
深刻な問題が生じる

 そこで必要になるのが「調整」です。

 ところが、私が見るところ、この「調整」というものは、どうも誤解されているように思われます。というのは、お互いに「譲歩」することで、「妥協点」を見つけようとすることが多いからです。