2025年に社会に大きな衝撃を与えた「フジテレビ事件」とその「第三者委員会調査報告書」をきっかけに執筆された古賀史健氏の新刊、『集団浅慮 「優秀だった男たち」はなぜ道を誤るのか?』。その内容を絶賛するジャーナリスト・浜田敬子氏の推薦により、独立型オンライン報道番組「ポリタスTV」で、編集長の津田大介氏を交えての鼎談が実現しました。そのダイジェスト版を記事として5回にわたり公開する、第4回です。

知識Photo: Adobe Stock

人権意識よりも大切な「人権知識」

津田大介(以下、津田) もうひとつ、この本では「ビジネスと人権」というテーマを入口にして、人権についても古賀さんが基礎のところから学びなおしていますよね。僕もこういう仕事をして、こういう番組をやっているから、人権についてそれなりに知っているつもりでいたんですけど、それが思い込みだったと気づかされました。ぜんぜん知らなかったという面もあるし、なるほどこう考えればいいのかという発見もあるし。
じゃあ、どうして日本人が人権を知らないのか。古賀さんはここで非常に重要な指摘をしていて、要するに日本の教育現場では長年にわたって人権教育と同和教育がニアリーイコールだったと。

古賀史健(以下、古賀) 1960年代から1990年代にかけての、特に西日本の話ですね。

津田 そう、だから僕の場合東京出身なので同和教育にもほとんど触れていないし、人権教育を受けた記憶もゼロに近いんですよ。そうすると大学に行っても人権問題に興味がなければ、一切学ぶ機会がないまま大人になっちゃう。でも、それが1995年以降に少しずつ変わっていって、教育現場でも国際標準の人権教育が行われるようになった歴史がしっかりと書かれていて。

古賀 だから人権教育には東西の地域間ギャップと、昭和と平成以降の世代間ギャップがあるんですよね。

浜田敬子(以下、浜田) 「ビジネスと人権」の観点で言うと、私がそのテーマで企業取材に行くと、調達部の人が出てくることが多い。つまり、サプライチェーンや下請け企業に対する人権侵害がないかどうかには敏感なんです。過重労働してないかとか、サプライチェーンにおける児童労働の実態はないかなど。下請法のような法律もあるし、投資家の目も厳しいですし。

 でも、ある投資家の人が言われたのは、日本企業は従業員に対する人権意識が極めて薄いと。そのひとつが、やっぱり長時間労働。もうひとつが合意なき転勤。欧米の企業は契約の時に働く場所も入っているので、どうしても転勤が必要な時には契約をやり直してインセンティブつけると聞きました。一方で日本の場合、総合職のような形で入社すると、辞令一枚でどこにもでも転勤することを断れないですよね。

 そしてなにより、ジェンダーの不平等。男女の賃金格差とか、女性の管理職比率が著しく低いのは人権の問題ですと指摘されました。

古賀 そうなんですよね。だから、人権とはなにかっていう前提が本当に共有されていない。グローバルスタンダードとしての「人権」とはなにかがわかっていないせいで、いま言った同意なき転勤がなぜ人権侵害なのかっていうことも、まったくわからないと思うんです。

津田 この「ポリタスTV」って、千何百回もやっていて、多分その中で「人権」の話ってすごくたくさん出ているんですね。そして、やっぱり日本社会は人権意識が低いよねっていう話は、もう何百回といろんな論者によってされているんです。

 けれど、「なんで人権意識が低いんだろう?」っていう話になると、割と構造的な話になってしまって、ひとつは「国内人権機関がない」。他の国々にあるような人権を救済してくれて、一定程度の強制力を持つ機関がない。もうひとつは、「包括的差別禁止法」がない。人種、性別、障害、性的指向、年齢などの属性を限定しない差別禁止法、これがない。だいたいこのふたつに落ち着くことが多いんです。

 でも、古賀さんのこの本の白眉であると思うんですけど、「人権意識が低いって言われてるけど、そもそも人権についてまともに教わってないんだから、人権の『知識』がない」と。

浜田 そう、「人権意識」じゃなくて「人権知識」。

津田 ああ、古賀さんはこれを言いたいがために、この本を書いたんだなっていうね。だから、この言葉はすごく、未来と可能性に開かれていると思うんですよね。意識を高めるんじゃなくて、知識を周知させていく。逆に言うと、僕らみたいなメディアの仕事の役割が今後すごく重要になってくるんだなと思わされました。やっぱり専門家で議論しているとテクニカルな、救済機関や法律の問題になりがちなんだけど、それ以前にある「知識」が大事なんだし、メディアの責任も大きいよなって。

知識を高めると、意識も高まる

浜田 それに付け加えると、私が何度も取材してきた大橋運輸という愛知県瀬戸市の100人ぐらいの物流会社があるんです。ここはもう、女性管理職比率50パーセントで、いまは性的マイノリティの方々とか外国人も積極的に雇用していて、障害者雇用にも熱心で、本当の意味でのダイバーシティを実現している会社なんですね。

 で、そこの鍋島さんという3代目の社長と話した時に、「浜田さん、人の意識はなかなか変わらないんですよ」と。「でもね、知識を高めると、意識も高まるんですよ」って言われたんですよ。もう、すごい名言と思って。

古賀 人権やジェンダー平等のような大きな議論になったとき、「じゃあどこから変えていけばいいんだろう?」って話になると、なんとなく「もう教育を変えるしかないよね」って安易な結論に落ち着きがちなんですよね。

 もちろん、教育を変えるっていうのは大事なんだけど、教育によって国を変えるというのは、数十年レベルの話じゃないですか。しかも教育を変えるということの裏には「自分たち世代はこのまま変わらない」という逃げもあって。

 僕はそれじゃダメだと思うんです。知識なんて、いまの自分も身につけられる、アップデートできるものですから。そして新しい知識を手に入れたら、自分自身が変わっていけるはずなんですよね。「知る前の自分」と「知った後の自分」とでは、必ず変化はあるので。

浜田 そうですよね。

古賀 僕自身、この『集団浅慮』を書く前の自分と、書いた後の自分は明らかに意識が違いますから。

津田 僕もこの5年間「ポリタスTV」を運営する中で、出演者の男女比もフィフティ・フィフティで続けてきたんですけど、そうすると視聴者の方々も変わってくるんですよね。昔からチャット欄に書き込んでくれていた人の意見が、少しずつジェンダー平等への理解を深めて、知識もアップデートされていく。だから小さな積み重ねかもしれないけど、このスタイルでの発信も無駄じゃなかったと思わされますよね。

古賀 一貫して男女比を揃えてきたというのはすごいですね。

津田 それは実体験として結果があったからなんです。昔、僕が朝日新聞の「論壇時評」の委員をやっていたときって、男女比が5:1だったんですよ。男性5人と、女性1人。それで僕が委員の構成を3対3にしてくださいってお願いして、実際に半々になったら会議の空気が本当に変わったんですよね。それまで話しづらそうにしていた女性委員の方が積極的に発言するようになって、構成が変わるだけでこんなにコミュニケイティブになるのかと驚いた。そんな原体験があったから、躊躇なくこのスタイルを選ぶことができたんだと思います。

古賀 まさに僕の本でも紹介しているカンターの「黄金の3割」理論ですね。

津田 そう。これはね、「黄金の3割」を超えると本当に組織内文化が変わると身を持って知らされたんです。

古賀 そこは日本全体として、アファーマティブ・アクションを通じて女性の意思決定層が「黄金の3割」を超えたときに社会がどう変わっていくのか、実際にその景色を見てみたいですよね。

津田大介(つだ・だいすけ)
ポリタス編集長/ポリタスTVキャスター
メディアとジャーナリズム、テクノロジーと社会、表現の自由とネット上の人権侵害、地域課題解決と行政の文化事業、著作権とコンテンツビジネスなどを専門分野として執筆・取材活動を行う。著書多数。
浜田敬子(はまだ・けいこ)
ジャーナリスト。前Business Insider Japan統括編集長。元アエラ編集長
著書に『男性中心企業の終焉』など。「羽鳥慎一モーニングショー」「サンデーモーニング」でコメンテーターも務める。