簡単な正解は「画鋲の入っていた箱を空にして、箱自体をロウソクの台として画鋲で壁に固定する」ことなのですが、多くの人は「箱は画鋲を入れる容器」としか見なさないため、なかなかこの解法にたどりつけません。

 ここには「箱はモノを入れるもの」という固定観念が働いているのです。多くの人は「箱」という機能にとらわれ、それを台座にするというアイデアを思いつかないわけです。その証拠に、画鋲を箱から出した状態で渡された被験者はすぐこの正解に気づきます。

 では、カードゲームにおける“箱”とは何でしょうか?あるいは、どのように私たちは“箱”を見落としているのでしょうか?

図表:心理学者のカール・ドゥンカーが実験した「キャンドル問題」同書より転載

大きな問題に挑むときは
中継地点にゴールを設けて

 カードゲームには「除去は相手のカードに使うもの」「マナやプレイ権は使えたら使うもの」といった“当たり前”の役割や使い方があふれています。もちろん、公式ルールやゲームデザインが作り出した基本的な枠組みはありますが、気づかないうちに私たちはそれを狭く解釈しすぎる傾向があります。

 機能的固着が恐ろしいのは、「そもそも自分が思い込んでいること」に気づきにくい点です。先述したキャンドル問題のように、目の前に正解があっても、その正解が「箱は台座になる」という常識的発想からの転換が必要になると、人はなかなかそこにたどりつけません。

 カードゲームでも、ある組み合わせや戦術を「当たり前だ」として受け入れていると、それ以外の戦略を想定する機会が奪われます。

 かつて私がプロ入りを賭けた大会に出場したとき、ある強いクリーチャーカードがありました。そのカードは、他のクリーチャーで攻撃したときに能力が誘発されるもので、勝ちに直結するほど強力なものでした。