我が家に来てから毎晩、平均12時間の睡眠を取るようになった。私たちは毎晩1時間近く、読み書きや算数をマンツーマンで子どもたちに教えている。

「自由意志」と「決定論」
どちらが正しいのか?

 非常に大切なことなので、今のうちに「自由意志」(人生は完全に自分の意志で描けるという考え方)と「決定論」(「自由意志」の逆)について話しておきたい。

 中には、自由意志を信じている人もいれば、「人生は遺伝子などの外的な要素に完全に決められている」と信じている人もいる。

 いくつかの理由から、これらの見方はどちらも間違っている。

 まず「完全に自由」な意志など存在しない。もし存在するのなら、空を飛んだり、身長3メートルになったりしたいところだが、そんなことができないのは明らかだ。

 たとえば重力のような、外的な可変要素もある。そういった要素が私たちの行動を制限することは明らかだろう。

書影『全力化』(ベンジャミン・ハーディ著、松丸さとみ訳、サンマーク出版)『全力化』(ベンジャミン・ハーディ著、松丸さとみ訳、サンマーク出版)

 逆に、「人は人生を決めたり選択したりといった意志や働きを持っておらず、ロボットのように何も考えずに行動するだけの生き物に他ならない」という決定論を信じている人も多い。

 私たちの行動は、自分がいる状況に形作られ、左右されるものではある。しかし、どんな状況の中にも、ある程度の可能性が存在するのも事実だ。

 たとえ何かしら特定の行動を取るように条件づけられていたとしても、別の行動を取ることだってできる。

「自分の命をかえりみずに他者を助ける」という利他的な行動を予期せずに取る人だっている。

 一か八かというとき、人はどんな行動だって取れる。そのため、確固とした確信または欲求が高まれば、習慣や条件に反する行動を取ることも可能なのだ。

 つまり、「自分の周辺環境を作り直せば、人生の方向性を変えることができる。とはいえ、可能性は無限にあるわけではなく、自分がいる状況によって制約を受ける」ということだ。