多くの人が、一度は自分の老後に不安を感じた経験があるのではないだろうか。しかし、19世紀ドイツの哲学者・ショーペンハウアーの考えをまとめた『求めない練習 絶望の哲学者ショーペンハウアーの幸福論』によると、未来の、まだ起きてもいない出来事を心配するのは、人間だけなのだという。ショーペンハウアーは「想像力があることによって、人間はこの世で一番不幸な存在である」と考えていた。それはいったいなぜなのか。そして、我々はどのように生きればよいのだろうか。本書の内容をもとに、その答えを探る。(文/神代裕子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

夜空を眺める男性Photo: Adobe Stock

未来への不安は“想像力”の副作用

 2019年6月、金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」から「老後30年間で約2,000万円が不足する」と報告されたことが、大きな話題となった。いわゆる「老後2000万円問題」だ。

 それでなくても、多くの人が老後に対する漠然とした不安を抱えて生きているのに、具体的に2000万円という大きな金額が必要であると言われたことで、自分の老後に絶望を感じた人もいたのではないだろうか。

 このことに限らず、私たち人間は、つい未来への不安を考えてしまう。ただ、ショーペンハウアーによると、それは「不幸なこと」だという。

 なぜなら、未来のことであり、まだ起きていないことを心配しても仕方がないからだ。

 過去を憂うのも同じだ。人間は、「あのとき、ああしていれば」「なんであんなことをしてしまったのだろう」などと、過去を後悔したり自責の念を抱いたりすることが多い。

 しかし、どれだけ思い悩んでも過去を変えることはできない。思い悩むこと自体に意味はないのだ。

 この点を理解するには、動物の生き方を見るとわかりやすい。

 猫は、お腹が空いたらご飯を食べ、暖かい場所で昼寝をする毎日を送っている。

 将来を案じて不安になって暮らしている猫や、過去を悔やむ犬を見たことがある人はいないだろう。

 動物は現在だけを生きているため、心配や不安がないというわけだ。

 未来の心配や過去の苦痛に縛られないという点で、ショーペンハウアーは「動物は人間よりも幸福である」と考えた。そして、「このような長所を動物から学ぶべきだ」と語っている。

人間だけが過去と未来を苦しみとしてとらえる

 そもそも、過去や未来について「考える能力」を持っているのが、人間が動物とは違うところと言える。

 人間の脳は、他の動物の脳よりずっと大きい。そして、ショーペンハウアーは「思考力が高ければ、それだけ苦痛も大きくなる」と考えていた。

幸福を感じるためには、快楽や苦痛を感じる神経細胞がなければいけないからだ。だから、石や植物には幸福も不幸もない。動物のなかでも最下等の動物はわずかな苦痛しか感じないが、神経組織が発達した脊椎動物は大きな苦痛を感じる。さらに人間は、単に苦痛を感じるだけでなく、想像する能力もあるため、その分、より多くの苦痛にさらされている。
つまり人間は、この世界で一番不幸な存在なのだ。(P.239)

 動物は、死の危険を避けることはする。しかし、死について考えることはない。

 死だけでなく、未来への希望や期待を持たないため、それによる幸福や不幸もないという。

 一方、人間は常に頭の片隅で死のことを思い、不安になる。また、人間だけが楽しい未来を予想し、想像力を発揮し、美しい幻想にとらわれる。

 未来に対して「楽しみだなあ」と期待を膨らますのは、人間だけが感じるものであり、“実在しない未来の幻影”に過ぎないのである。

 また、未来への過剰な期待や希望は、うまくいかなかったとき、そうならなかったときにもたらす失望も大きい。

 ショーペンハウアーは次のように語っている。

未来が幸福をもたらしてくれると思って、急いで追いかける一方、現在には目もくれず、いまを楽しむこともなく、見過ごしてしまう人たちがいる。
現在だけが真実であり、現実的で確かな存在であることを、決して忘れてはならない。(P.241)

 今日という日は、一度きりしかない。だからこそ、「現在を意味のあるものにする必要がある」とショーペンハウアーは考えたのだ。

“いま”に目を向けるのが幸福の第一歩

 ショーペンハウアーは、現在の価値を主張しつつも、一方で、あまりに現在にのみこだわって生きる人を、軽率と見たのだそうだ。

 彼は、生きていく上で重要なのは、現在と未来への関心が一方だけに偏らないようにコントロールすることだと考えていた。

「今さえ良ければいい」という考え方も、それはそれで問題だということだろう。

 ただ、ずっと過去の失敗を憂いたり、過去に起きた出来事に対する不満を募らせたりしていても、何もいい方向には変わらない。そして、まだ起きてもいない未来を心配し続けることにも意味はない。

 過去や未来にとらわれて、いまの瞬間を楽しめないのは愚かなことだからだ。

 年を重ねると、同じような毎日を繰り返しているような気持ちになる。

 しかし、今日という日は今この瞬間にしかない。明日は今日の繰り返しではないのだ。

 だからこそ私たちは、そのことを忘れないように、今日という日を精いっぱい生きなければならない――ショーペンハウアーは、そう教えてくれている。