なぜ規制外の風速で脱線転覆?特急「いなほ」事故から20年、ドップラーレーダーの驚異の精度慰霊碑に黙祷するJR東日本の経営陣(右端が喜勢陽一社長)(筆者撮影)

2005年12月25日、羽越本線を走行中の特急「いなほ」が突風により脱線転覆し、5人が命を落とした。事故から約20年、JR東日本はこの悲劇を教訓に強風対策を進化させてきた。慰霊式で語られた経営トップの言葉とともに、事故の背景と安全対策の現在地を検証する。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也)

約20年前のクリスマスの夜に
発生した特急「いなほ」脱線事故

 2005年は重大な鉄道事故が相次いだ1年だった。3月2日に土佐くろしお鉄道宿毛駅衝突事故、3月15日には東武伊勢崎線(現・東武スカイツリーライン)竹ノ塚駅で4人が死傷する踏切事故が発生。そして4月25日、乗客106人が死亡した福知山線脱線事故が起こった。

 鉄道の信頼が大きく揺らいだ最悪の1年がようやく過ぎようかという時、12月25日夜に発生したのがJR東日本羽越本線の特急「いなほ」脱線事故だった。走行中、突風にあおられた列車が脱線転覆し、線路わきの小屋に衝突。5人が死亡し、33人が重軽傷を負う大惨事となった。

なぜ規制外の風速で脱線転覆?特急「いなほ」事故から20年、ドップラーレーダーの驚異の精度事故が発生した第2最上川橋梁付近(右から走行してきた列車は左手前側に転覆した)(筆者撮影)

 羽越本線は新潟県の新津駅から秋田駅まで日本海側を縦断する全長271.7キロの大動脈であるが、冬季はしばしば輸送障害に見舞われることで知られる。

 事故当日も秋田県内の一部区間で強風による速度規制が行われた影響で、秋田発新潟行「いなほ14号」は酒田駅を1時間8分遅れの19時8分頃に出発した。そして19時14分頃、北余目~砂越駅間の第2最上川橋梁を列車が通過した直後に事故は発生した。

 気象庁酒田観測所のデータによれば、当日18~20時は最大瞬間風速23.6メートルの、みぞれまじりの強い風が吹いていた。だが、この程度の強風は珍しいものではなく、例えば昨年12月を見ても、4日、14日、15日、26日の4日間は同25メートルを超えている。