なぜ学校は犯罪を「矮小化」するのか? 「それじゃ解決しない」という残酷な理由
誰にでも、悩みや不安は尽きないもの。とくに寝る前、ふと嫌な出来事を思い出して眠れなくなることはありませんか。そんなときに心の支えになるのが、『精神科医Tomyが教える 1秒で不安が吹き飛ぶ言葉』(ダイヤモンド社)。ゲイであることのカミングアウト、パートナーとの死別、うつ病の発症――深い苦しみを経てたどり着いた、自分らしさに裏打ちされた説得力ある言葉の数々。心が沈んだとき、そっと寄り添い、優しい言葉で気持ちを軽くしてくれる“言葉の精神安定剤”。読めばスッと気分が晴れ、今日一日を少しラクに過ごせるはずです。

【精神科医が教える】「暴行」を「いじめ」と呼ぶな…被害者が絶望する前に、親が教えるべき「逃げる技術」Photo: Adobe Stock

「いじめ」という言葉の罪と
子供を守るための解決策

SNSを中心に拡散された、栃木県や大分県の学校内での暴行動画のニュースを見ました。非常に心が痛む映像であり、今日はこの件に関連して、以前から私が気になっている「いじめ」という言葉の問題点と、私なりの解決策についてお話ししたいと思います。

重大な犯罪を「矮小化」する言葉たち

まず、いじめ問題以前の話として、世の中には「重大な問題を、あたかも軽いことのように変えてしまう言葉」が存在します。その代表例が「いじめ」です。子供の世界や学校現場では、こうした物事自体を軽く見せる言葉(矮小化する言葉)が多用されています。

「カツアゲ」: これは本来「恐喝」であり、時には「強盗」に近い行為です。しかし、「カツアゲはやめろ」と言うと、どこか軽いニュアンスになってしまいます。
「万引き」: これも実際は「窃盗(泥棒)」です。
「いじめ」: 今回のような動画のケースは、明らかに「暴行罪」です。他にも名誉毀損など、法に触れる行為が含まれます。

これらをすべて「いじめ」という大きな範疇で括ってしまうことで、「よくあることだよね」「子供同士の喧嘩だよね」といった空気感が生まれ、事態が矮小化されてしまうことに、私は強い危機感を抱いています。

私自身の「いじめられっ子」だった過去

実は私自身も、中学1年生の頃にいじめを受けていた経験があります。当時、地元の小学校から大都市の進学校に進んだのですが、入学時の身体測定ですでに身長が178cmもありました。周囲と比べて異様に身体が大きく、さらに早口で独特な喋り方(マシンガントーク)をするため、とにかく目立っていたのです。

また、聴覚の問題で雑音の中で人の声を聞き取るのが苦手だったり、今考えると発達性協調運動障害の傾向があって球技が絶望的に下手だったりと、「図体はでかいのに運動ができず、会話も噛み合わない」という異質な存在として目をつけられてしまいました。

からかいは次第にエスカレートしましたが、私は身体が大きいものの気が弱く、言い返すことができませんでした。先生に勇気を出して相談(チクリ)もしましたが、その後、どうなったのかと聞いてみても曖昧な反応しか返ってこず、とてもショックを受けたことを覚えています。