4つのアプローチで考える行動変容の設計

 なぜ、これほど理屈が明らかになっても、片側あけは消えないのか。

 それは、社会的同調圧力と個人の合理性が一致してしまっているからだ。人は他人の行動を観察して判断を省略する。みんなが空けていれば、それが正しいと思う。そして、エスカレーター上で立ち止まって通行を妨げると、背後から舌打ちされるリスクがある。 “社会的コスト”を避けるために、私たちは理屈を知りながらも、片側あけに従うのだ。

 だから、誰もが本音では変えたほうがよいのになあと思いながらも、習慣を破れない。では、どうすれば変えられるのか。

 ここからは、4つの学問的アプローチで“行動変容の設計”を考えてみよう。

(1)法学的アプローチ――「違法化」という最終手段

 法学の立場からすれば、もっとも単純明快な手段は規範設定と制裁の導入である。
 
 すでに一部の自治体では、実質的な「歩行禁止」の条例が施行されている(例:埼玉県の罰則なしの努力義務「立ち止まった状態でエスカレーターを利用しなければならない」というのがある)。

 しかし、単なる努力義務では行動は変わらない。違反行為として明示し、一定の回数を超えた場合には社会的ペナルティ(警告・罰金・指導記録など)を課す仕組みを設ける。
 
 重要なのは、これは「懲罰」ではなく社会的規範を更新するための合図として設計することだ。法による規制は最終手段だが、曖昧なマナーがもはや安全リスクに転化した以上、一定の強制力は不可避であると考えることができる。

(2)経済学的アプローチ――「ポイント付与」で行動を変える

 行動経済学は、人の行動が「小さな得に敏感に反応する」ことを明らかにした。この性質を生かすなら、片側をあけずに2列で立つ人(歩いて登らない人)に“マイクロ報酬”を与えるという方法が考えられる。

 たとえば駅構内のキャッシュレス決済アプリや交通系ICカードと連携し、「エスカレーター安全利用ポイント」を付与する。少額でも、社会的承認と結びつくと人は意外なほど行動を変える。ポイントは金銭的報酬というよりも、「正しく行動している自分」という自己効力感の可視化装置として働くのだ。

「罰ではなく得によって行動を変える」――これは、経済学が提供できる現実的な方法である。