第二に、効率の感覚が快いという心理である。「歩く人に道を譲れば、全体の流れがスムーズになる」と多くの人が信じていた。“急ぐ人を通す=社会が効率的に動く”という錯覚が、個人の中で自己効力感として定着したのだ。
この「自分は社会的に正しい行動をしている」という感覚こそが、最も強力な維持要因だった。
第三に、鉄道会社の黙認。当初は混雑緩和のために片側あけを奨励するアナウンスが行われ、今にいたっても駅員も注意しない。組織的にも“便宜的マナー”として扱われたことで、社会全体に半公式な常識として根づいた。
だが、いまやその制度疲労は、確実に表面化している。高齢化社会の進行により、エスカレーター上で歩くこと自体が重大な転倒リスクを伴う行為となっているのだ。
エスカレーターを歩くことの危険性と構造的リスク
国土交通省や鉄道各社の調査によれば、エスカレーターでの転倒事故は年間数百件にのぼる。※日本エレベーター協会「エスカレーターにおける利用者災害の調査報告(第10回)」では、交通機関用途のエスカレーターにおいて、2023年から24年の2年間で951件の災害(利用者関連)件数が報告されている。
特に高齢者の転倒事故は増加傾向にあり、骨折や重傷に至るケースも少なくない。高齢化率が30%に迫る都市では、「片側あけ」がもはや高リスク行動に変化している。
片側あけがもたらすのは安全面の問題だけではない。エスカレーターの片側だけに体重が集中するため、特定の部分だけが異常に摩耗が進むことになり、整備コストの増大にもつながる。
さらに、輸送効率の面でも逆効果だ。複数の調査によると、2列で立ち止まったほうが単位時間あたりの輸送人数はむしろ多い。
つまり、私たちは「急ぐ人のために空けてあげる」ことで、実際には社会全体の生産性を下げている。※ロンドン地下鉄(LU)のホルボーン駅で実施された、エスカレーターの両側に立つことを奨励するパイロットプログラムでは、両側に立つことでエスカレーターの容量が約30%増加し、混雑が緩和されたという結果がある。







