チームのメンバーや部下とのコミュニケーションを円滑にするにはどうしたらいいのか。2万人をみてきたコンサルタント・勅使川原真衣氏は、その方策を著書『組織の違和感 結局、リーダーは何を変えればいいのか?』で示す。坂井風太氏も「革新性がある」と絶賛する同書から、内容を抜粋・再構成し特別公開する。

組織の違和感Photo: Adobe Stock

 声をかけたときの気まずそうな表情、言葉をためらった一瞬の間、近くにいるのに目が合わない、リアクションの遅れ……。

 決定的な問題ではないものの、なんだか変な感じがする。
 組織のルールに従っているはずなのに、「見えない慣習」や「暗黙の了解」で縛られている気がする。
 それに気づいていない人が同じ方向を向けていない感じもする。

 噛み合っていない、行き違いがある、相手が何を考えているかわからなくなった、どこか不穏な瞬間たち。

 これは気のせいなのでしょうか。さっさと水に流すべき?

なくならないどころか雪だるま式に膨らむ「違和感」

 この感覚は、何もしなければどんどん積もっていくのが厄介なところ。勝手に消えてなくなりはしないのです。

 一度忘れても、また「あれ?」と思うことがあると、次第にそれが「やっぱり」という確信へと変わっていきます。

 そのたびに、「そういえばこの前もこんなことあったな……」と思い出して、また違和感が発動する。

 そのうち、「嫌い」「無理」といった感情が、互いに対する決定的なあきらめや失望という確信を持った形で表れるのです。

 そんな「違和感の積もった組織」というのが、些細なすれ違いも解決できないまま、問題を雪だるま式に大きくしていると痛感しています。

 だからこそ私は、それが積み重なる前に対処することを提案したいのです。

「よかれと思って」が一番キケン

 私たちは小さい頃から、こう教えられてきました。

自分がされてうれしいことを、相手にもしなさい」

 しかし、自分がされてうれしいことが、相手にとってもうれしいこととは限りません。逆もまた然りです。

「自分がされて嫌なことは、相手にもしてはいけません」

 そう言われてきたけれど、現実問題、自分と相手は違うのです。自分がされて嫌なことが、必ずしも相手にとっても嫌なこととは限らない。

 最近は本当に、コミュニケーションにも「こうすべき」という正解がある、という風潮が強くなっているような気がします。

「◯分で話しなさい」
「傾聴しなさい」
「もっと雑談をしなさい」

 しかし私は、そもそもコミュニケーションというものは「七変化」であるべきだと思っています。

 相手に伝わってこそのコミュニケーションですから、「できる人」はこれ、と一元的な答えを本来は提示できないはず。

 伝わらない方法でいくら「察して」と念じていても、その時は永遠に訪れません

 それよりも、すんなり伝わらないことを受け止め、相手に伝わるように振る舞いを変えるほうが、よっぽど職場は良くなります。

 思いどおりの反応が返ってこないからといって「あいつはコミュ力が低い」と即断するのは、関係性の問題を、相手のコミュ力の問題にすり替えているだけです。