「いつも、考えすぎて損してばかり!!」
日本人は礼儀正しくて、とても優秀……なのに、日々必要以上に思い悩んでいないだろうか?
「“究極の合理思考”を身につければ、もっと楽しくラクになる」――。数十億規模の案件に関わり、インド人部下オペレーションを経験したインド麦茶氏は、「常に自分中心」「短期志向」「無計画で今を生きている」ように見える彼らに「日本人が幸せを謳歌するための“ヒント”」を見出したという。
新刊『インド人は悩まない』では、人口14億・上位1%が富の40%以上を所有する超競争・過密・格差社会を生き抜く人々の「規格外の行動力」と「抜け目なさ」の秘密を紹介している。今回はその魅力の中から一部をお届けする。(構成/ダイヤモンド社・榛村光哲)
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「エレベーター」もマナーに縛られる
我々日本人は、「エレベーター」に乗るような小さな社会人のマナーひとつにおいても、「全体最適な行動を取る」ことを刷り込まれている。
かく言う私も日本における調教が骨の髄までしみついていて、インドにいる時でもエレベーターのボタンの前に陣取らないと未だにそわそわしてしまう。
考えてもみれば、せっかく前方でエレベーターを待っていたのに、先に入った人がエレベーター係に自然と任命され、エレベーターを降りる順番が後になるのは、論理的には、やはりおかしな感じがする。しかし、その人が「開け」、「締め」や押す階のヒアリング役として犠牲になれば、エレベーターは最低限の開閉時間でスムーズに進行する。大げさに言えば、開け閉めの担当になった者は、全体最適のために機能するこのマナーの犠牲になったのだ。
「全体最適」がはびこる日本
エレベーターマナーにおいては、立場が低い者が率先して役目を引き受けるべきという共通認識がなんとなく存在する。例えば、位が上の部長や役員などが一緒にエレベーターを待っている場合、まずは彼らを最初に乗らせて、位が下の者が率先してボタンの前に着くことが推奨される。あくまで伝統的な日本企業の例であるが、ここにも全体最適の精神がある。
常に全体最適を考え、個人の利益やエゴを抑えなければならないという空気が日本人が作る社会集団や組織には発生しがちだ。その中では、立場が低い者が、自分個人の利益を求めるたりするのは卑しい行為であるという雰囲気もあり、その全体主義的な空気感が時代によらず漂っている。その最たる例として80年前の大戦がある。
「自分優先」のインド人
所は変わって、ここインドでは、エレベーターのボタンの前に立たないと落ち着かない私を横目に、自分の階のボタンを押したら悠々と奥のほうに入ってYouTubeの動画を見ているインド民社員と一緒に仕事をしている。そんな彼らを見ていると、どれだけ自分が、「人様」のことばかり考えさせられて生きているのかを実感する。
インド民は、常に自分を中心におき、しっかり自分の人生を生きている。『インド人は悩まない』では、「考えすぎ」から解放されるためのインド民の思考法を紹介している。
(本記事は『インド人は悩まない』に関する特別な書き下ろし原稿です)









