量子コンピュータが私たちの未来を変える日は実はすぐそこまで来ている。
そんな今だからこそ、量子コンピュータについて知ることには大きな意味がある。単なる専門技術ではなく、これからの世界を理解し、自らの立場でどう関わるかを考えるための「新しい教養」だ。
『教養としての量子コンピュータ』では、最前線で研究を牽引する大阪大学教授の藤井啓祐氏が、物理学、情報科学、ビジネスの視点から、量子コンピュータをわかりやすく、かつ面白く伝えている。今回はトンネル効果とノーベル物理学賞について抜粋してお届けする。

“超すごい発明”でノーベル物理学賞を受賞した日本人をあなたは知っていますか?Photo: Adobe Stock

壁を通り抜けられる?

突然だが、坂に向けてボールを転がすような状況を考えてみよう。

古典力学的には、ボールの運動エネルギーが坂を登り切るのに充分であれば、坂の頂上に達し向こう側に進むことができる。
一方で、ボールの速度が小さく、坂を登り切るのに充分なエネルギーを持たない場合は戻ってくることになる。

しかし、量子力学の世界では、粒子は波動関数として空間に広がって存在している。
このため、自分のエネルギーより高い障壁があったとしても、粒子の波動は障壁のなかを貫通し、障壁の向こう側まで波動が到達し、電子は障壁を越えることができる。

このような現象は「量子トンネル効果」と呼ばれている。

トンネルダイオードを発明した日本人

半導体のデバイスでは、このような状況を伝導体の間に薄い絶縁体を挿入することによって実現できる。
トランジスタの発明後、「これからはエレクトロニクス(電子を制御する)の時代になる」と考え、東京通信工業(現在のソニー)で半導体の研究をはじめたのが江崎玲於奈だ。

そして1956年に江崎は、絶縁体を通過して電子が流れるという量子トンネル効果をはじめて実証し、この効果を利用したデバイスである「トンネルダイオード(エサキダイオード)」を発明した。

彼は、同じく量子トンネル効果に関係するデバイスやその理論的な性質を予測した研究者たちとともに、1973年にノーベル物理学賞を受賞している。

ノーベル物理学賞がどんどんうまれる

これらのデバイスは、現在の量子技術にもつながる量子効果デバイスの元祖といってもよいだろう。

実際、1980年代には超伝導という多数の電子が集団的に運動する物質でできた電気回路においても、ジョン・クラーク、ミシェル・デボレー、そしてジョン・マルチネスらによって量子トンネル効果が観測された。

この発見は後に日本人研究者によって実現された、量子コンピュータの最も重要な部品「超伝導量子ビット」へとつながり、2025年のノーベル物理学賞は彼らに授与された。

デボレーは門下生を多数GoogleやIBMの量子コンピュータ開発チームに送り出している。
マルチネスは2014年にチームごとグーグルに移籍し、その後の量子コンピュータ研究を牽引することになる。

(本稿は『教養としての量子コンピュータ』から一部抜粋・編集したものです。)