量子コンピュータが私たちの未来を変える日は実はすぐそこまで来ている。
そんな今だからこそ、量子コンピュータについて知ることには大きな意味がある。単なる専門技術ではなく、これからの世界を理解し、自らの立場でどう関わるかを考えるための「新しい教養」だ。
『教養としての量子コンピュータ』では、最前線で研究を牽引する大阪大学教授の藤井啓祐氏が、物理学、情報科学、ビジネスの視点から、量子コンピュータをわかりやすく、かつ面白く伝えている。今回はAI研究と量子コンピュータについて抜粋してお届けする。

【教養】いま知っておきたいAIと量子コンピュータの意外な共通点とは?Photo: Adobe Stock

AI研究の衰退と盛り上がり

人工知能(AI)研究は、1950年代後半に人間の脳が物事を認識する過程を数学で表現した「パーセプトロン」がフランク・ローゼンブラットによって提案されたことをきっかけにスタートする。

しかし、パーセプトロンでは単純な入力パターンしか認識できないことがわかり、1960年代のAI研究は冬の時代を迎える。

再びAI研究が盛り上がりを見せたのは、1980年代に入ってからだ。

人間の脳の仕組みを再現

2024年のノーベル物理学賞を受賞したジョン・ホップフィールドは、イジングモデルを用いた連想記憶モデルを1982年に提案した。

連想記憶とは、ヒントを与えるとそれに近い記憶を思い出すことである。
たとえば、「黒と白で丸い耳がある動物」と聞いて「パンダ」を思い出すといった感じだ。

イジングモデルは、磁石のなかで起こっていることをシンプルに表したモデルだ。

磁石のなかでは、電子のスピン(小さな磁石)がたくさん存在し、それらが向きを揃えて並ぶことで磁石としての性質が現れる。

このモデルは、特にこのスピンの向きが上下の二方向だけの場合に単純化している。
磁石は、エネルギーを低くしていくと、スピンの向きがすべて揃っている一番安定したパターンが現れるようになっている。

この磁石の振る舞いが、まさに人間が物事を記憶し思い出す際に脳で起こっている現象と似ているのだ。

スピンを脳細胞に見立ててイジングモデルの結合の仕方を調整することで特定のパターンを記憶するのが、ホップフィールドの連想記憶モデルである。

このように1980年代の物理学の知見を取り込んだ記憶のメカニズムへのアプローチは、第二次ニューラルネットワーク研究ブームの火付け役となった。

AIと量子コンピュータの共通点

リチャード・ファインマンはこの頃、ホップフィールドとともにカリフォルニア工科大学で、「計算の物理学」という講義を担当していた。

ファインマンが先述の量子力学の原理を用いたコンピュータを提唱したのも同じ時期である。

つまり、40年の時を経てコンピュータのパラダイムを大きく変革するAIと量子コンピュータという二つの流れは「計算の物理学」という共通点を持っていたことになる。

2024年のノーベル物理学賞を受賞したもう一人の研究者、ジェフリー・ヒントンは、ホップフィールドモデルと物理学の知見の融合をさらに推し進めた。

その結果、イジングモデルが温度の影響を受けることを用いてデータを学習させる「ボルツマンマシン」を1985年に提案した。

この提案は、後のディープニューラルネットワーク研究の発展につながった。

(本稿は『教養としての量子コンピュータ』から一部抜粋・編集したものです。)