デンマークは、短時間労働にもかかわらず、一人当たりGDPは日本の約2倍、IMD世界競争力ランキングでも常に上位に名を連ねる。この「労働時間が短いのに、強い経済力」という一見矛盾した国家の謎を追い続けてきたのが、新刊『第3の時間――デンマークで学んだ、短く働き、人生を豊かに変える時間術』の著者・井上陽子さんだ。本記事では、デンマーク経済の「強さの正体」について、井上さんに話を聞いた。(取材・構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
写真:井上陽子
デンマークは正攻法で稼ぐ
――短時間労働でありながら、経済的にうまくいっているのは、どうしてなのでしょうか?
井上陽子(以下、井上):デンマークは国土が小さく、天然資源も乏しい国ですが、一人当たりのGDPや競争力ランキングで、世界のトップクラスに位置しています。デンマークという国は取材しがいがある、と私が感じるのは、このような強い経済力をいわば「正攻法」で築いてきたという点にあります。
1人当たりGDPランキング
井上:一人当たりGDPがデンマークよりも高い欧州の国のうち、たとえば、ルクセンブルクは、国外からの越境労働者が半数近くにも上るので、一人当たりGDPの計算式「GDP÷人口」で、分母が極端に少なくなるという数字のからくりがあります。
アイルランドは法人税率を非常に低く抑え、多国籍企業の本社機能を誘致しているので、必ずしも国民自身の稼ぎを反映しているとは言えません。
ノルウェーは、石油と天然ガスの輸出が総輸出額の6割に上り、天然資源の恩恵が大きいです。
ところがデンマークの場合は、競争力の高い自国のビジネスが、生産性の高い経済を支えています。IMDの競争力ランキングの評価項目の中で、「ビジネスの効率性」の項目を6年続けて世界で1位をとっていて、小国でありながら、特定のビジネスで世界的に高いシェアを獲得している企業が数多くあります。
①できるだけ多くの人が働き、しっかり稼ぐ社会
――なぜ、このようなことが実現できているのでしょうか?
井上:一言で言えば、「働く人を最大限に活かす社会」だからです。デンマークは世界的に見ても男女の賃金ギャップが小さく、男女ともにしっかり稼ぐことを前提とした社会です。
男女賃金ギャップ
――たしかに、日本やアメリカと比較すると、男女の賃金ギャップがかなり低いですね。
井上:日本の場合、高い教育を受けた女性が、労働市場で十分に力を発揮できない社会だとしたら、経済的に見て大きな損失ではないでしょうか。
デンマークでは、ほとんどの家庭が共働きです。男女が同じように稼ぎ、同じように家事や育児を担います。保育、教育、税制といった社会制度も、そうした前提のもとに設計されています。
②手厚い教育で「人材の質」が高い
――理念だけでなく、経済合理性にも基づいた男女平等なのですね。
井上:その通りです。それに加えて、「人材の質が高い」こともデンマークの大きな特徴です。
デンマークでは大学院までの学費が無料なだけでなく、学生には給付金まで支給されます。親と同居していない学生の場合、給付金は月額約17万円に上ります。これは返済不要の給付金です。
授業料が高額で学生がローンを抱えざるを得ないような他の国の状況と比べると、そもそも学費が無料である上に、給付金まで受け取って学べるという手厚さは驚かされますが、「人材の質を上げることこそが国の役割」だと捉えられているから、国が教育に大きなお金を投じているのです。
また学校教育だけでなく、転職やキャリアアップを支援する職業訓練、リスキリングのプログラムといった、働く人向けの教育も充実しています。
実は30年以上前のデンマークは、失業手当が実質的に無期限で受けられるような状況で、失業者が街にあふれていたそうなのですが、90年代の半ばから、失業手当の給付期間を見直し、職業訓練への参加義務を課すなど、制度改革を次々と実行しました。
現在では、政府の補助を受けて安価に学べる職業訓練プログラムが、数千単位で用意されています。これもすべて、「人材の質を高めることが国の競争力につながる」という発想に基づいています。
③雇用が流動的で、成長産業へ人が流れる
――多くの人が働き、かつ、その人材の質が高くなるような制度が整っているのですね。
井上:それだけではありません。競争力の高い産業へ人が流れていくことも、デンマークの経済力の高さを説明する上で重要な点だと思います。
たとえば、かつてデンマークの主要産業だった造船業は、人件費の安いアジア諸国との競争に敗れ、ほぼ壊滅しました。造船と言えばバイキングの国デンマークの象徴ともいえる産業ですが、国は無理に造船業を守ろうとはしませんでした。
競争力の低い産業を延命するより、そこで働く人が別の産業で力を発揮した方が、国全体の競争力は高まるという発想があるのです。
2000年代以降、デンマークの主要産業は、製薬、再生可能エネルギー、IT、デジタル分野といった知識集約型産業へと急速にシフトしていきました。質の高い人材が、競争力の高い産業で働き、しっかり稼ぐ。それが経済の強さにつながっています。
「企業を守る」ことで雇用を守るのではなく、十分な失業手当と、再就職やキャリアアップを支援する制度によって「個人を守る」。それがデンマークの考え方です。
もちろん、雇用の流動性が高いのは、働く人にとってシビアな側面もあります。解雇も珍しいことではありません。先日も、肥満症治療薬が世界的にヒットした製薬会社の「ノボノルディスク」が、全世界で9,000人を解雇しました。全社員の約11%にあたる規模です。こうしたことが、実際に起こります。
だからこそ、デンマークの人たちは、「仕事がすべてではない」と、仕事と自分との間に健全な距離感を保っているところがあります。仕事に自己実現のすべてを背負わせたり、自分の価値を重ねたりするようなところが少なく、仕事は効率優先でさっさと切り上げて、仕事以外の時間を大切にしようとするのです。
働く人のポテンシャルを最大限に活かす社会
――「多くの人が働く」「人材の質が高い」「競争力の高い産業に人が流れる」といった条件が揃うことで、働く人が最大限に活かされる社会が実現しているのですね。
井上:デンマークはかつては大国でしたが、戦争によって領土を失い、現在の小さな国土になりました。その時に、復興を目指すデンマーク人は、「外で失いしものを、内にて取り戻さん」という言葉をスローガンに、手元に残されたものに感謝し、最大限に活用するという考え方を身に付けていったんです。
自国を「資源は人しかない小国」であると規定した上で、労働人口を最大限に活用する。そうした考え方が根底にあって、効率的な経済を作り上げているのです。






