このように我々は80年前から、ポピュリズムやナショナリズムに煽られると、自分たちの力を過剰に強く見積もってしまう「国民病」がある。これが非常にやっかいなのは、国外からの耳の痛い指摘や苦言に耳を貸さず、「日本は特別な国なのだ!」と勇ましい雄叫びを上げながら、破滅の道へ突っ込んでしまうことだ。
今回の「消費減税」でも似た匂いが漂ってきた。
一部のメディアや専門家が指摘しているように、日本経済の低迷は産業構造や生産性からくるものなので「食料品の消費減税」ごときでは上向くことはない。むしろ、円安の進行や、飲食店の経営がかなり苦しくなるなどマイナスも多い。
しかも、税金というのは一度下げたら上げることは難しいという問題がある。毎年、90万人という和歌山県の人口に匹敵する国民が消えていく日本で、医療や年金という社会保障費をキープするために日本人の負担はどんどん重くなる。
つまり、食料品の消費税は二度と復活できないのだ。社会保障負担も雪だるま式に増えていくなかで、赤字国債以外にどんな解決方法があるのか。
そんなかなり「危うい政策」であるにもかかわらず、「チームみらい」を除くほぼすべての政党が「消費減税」を公約に掲げている。
しかも、新党の中道改革連合など「恒久的に食品消費税ゼロ」を公約に掲げている。
IMFのように消費減税に否定的なことを言う者はわずかで、ついにレジがどうとか消極的だった高市政権まで「検討を加速」と言い出した。さながら「減税大政翼賛会」である。
80年前と同じで、政党として支持を獲得するため、世論からボロカスに叩かれないため、都合の悪い話には耳を塞いで、みんなで減税にのめりこんでいく。
その先に何が待っているのかという暗い話よりも、減税でどれだけ生活が楽になるのか、という「今だけ、金だけ、自分だけ」という今の日本を象徴するような政治ムードだ。
とはいえ、ここまできてしまったら日本全体で減税に突っ込んでいくしかない。高市首相も「検討使」とバカにされたくないので、麻生氏らと決別してでも消費減税に動くかもしれない。
まさしく「ゆきゆきて、減税」である。この「財源なき消耗戦」の先にどんな結末があるのか、未来の日本人のためにも、我々はしっかりと記憶していく必要があるのではないか。








