若くキャリアの浅い馬主が1日に2重賞を勝ったことも快挙だったが、話をきいていて驚いたのは地方競馬での実績である。
1984年12月に地方競馬で馬主になった佐橋は、所有馬のほとんどをトレードで手に入れて走らせていた。「競馬は趣味で、仕事の煩わしさを忘れさせてくれる気分転換」と佐橋は言っていたが、馬主は大きな金がかかる趣味ということを考えれば、走るかどうかわからない仔馬を牧場やせりで見つけるよりも、競馬場である程度の成績をあげている馬を買って走らせるほうが効率的である。
日本では馬のトレードにはネガティヴなイメージがつきまとうが、アメリカではクレーミングレースという、現役馬のせりのようなレースが盛んにおこなわれているほどだ。
ちょうど『ホース・トレーダーズ アメリカ競馬を変えた男たち』(スティーヴン・クリスト著)という、1970年代から80年代のアメリカでおきた「サラブレッド・バブル」の主役になった人たちを描いた本が出版され、わたしも読んだばかりで(これにはコンキスタドールシエロの話もでてきた)、ダイナミックに馬の売買をする人たちに興味を持っていたところだった。これがやがて、わたしのデビュー作『サラブレッド・ビジネス』につながることになる。
佐橋のお眼鏡にかなった地方馬が
ビッグレースで次々と快走
佐橋に過去にどんな馬を買ったのかたずねると、そのラインアップがすごかった。
カウンテスアップ。岩手、大井、笠松で41戦29勝。岩手在籍中に佐橋が買い取ると、東京大賞典、川崎記念(2回)、東海菊花賞などの地方のビッグレースを勝ちまくった歴史的名馬となった。
ボールドマックス。南関東から中央を経て笠松、岩手で63戦30勝。佐橋の所有となってからは、笠松のサマーカップ、東海大賞典に勝ち、岩手に転じると東北サラブレッド大賞典(2回)、北上川大賞典(3回、シアンモア記念(2回)など、岩手の重賞を総なめにした。
ステートジャガー。大井、笠松を経て中央に移籍、大阪杯でミスターシービーを破った。宝塚記念(4着)では尿から禁止薬物のカフェインが検出される事件もあった。佐橋は笠松時代のオーナーで、東海ゴールドカップなどに勝っている。







