山本徹美の『夢、オグリキャップ』によれば、鷲見は「1億円」と口にしていたという。半分冗談だろうが、オグリキャップはそのぐらいの価値のある馬だと鷲見は言いたかったのだろう。
それでなくても、売れば馬主には金がはいるが、調教師は有力馬が廐舎からいなくなるだけだ。鷲見にとって念願だった東海ダービーも露と消えてしまうのだ。
賞金を稼ぐことよりも
オグリの名が轟くほうが嬉しい
『オグリキャップ 日本でいちばん愛された馬』(江面弘也、講談社)
このとき佐橋は、オグリキャップという馬名は変えず(地方から中央に移籍するときに一度だけ馬名を変えられる)、中央で勝ったときには小栗も一緒に口取りをしてもらう約束をしている。
『優駿』の杉本清との対談で「馬を手放すとき寂しくなかったですか」と問われた小栗は、こんなふうに答えていた。
「寂しさというより、そのとき誓ったのは日本の馬にしようということです。笠松にいたらこれ以上出世はできない。売ったから賞金ははいってきませんでしたけど、金銭以上に嬉しかったです。オグリキャップという名前がつけてありますから、ぼくの名前が残ったでしょう」
佐橋へのトレードが決まったオグリキャップは、栗東トレーニングセンターの瀬戸口勉廐舎にはいることになった。
瀬戸口の弟、瀬戸口悟が名古屋競馬で調教師をしていて、佐橋も馬を預けていた。その関係から、佐橋が中央で馬主になったときに瀬戸口勉に託すことになるのだが、オグリキャップの前にはマスコットマーチという馬を預けていた。この馬も川崎競馬場で走っていたがトレードで手に入れた馬だった。







