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1989年の第100回天皇賞、圧倒的一番人気はオグリキャップだった。しかし優勝したのは、武豊が騎乗するスーパークリーク。会場全体がオグリの優勝を願うアウェイ状況のなか、武はいかにしてレースを制したのか?武豊、オグリキャップ騎乗の南井克巳、イナリワン騎乗の柴田政人らの証言で、伝説のレースを振り返る。※本稿は、ノンフィクションライターの江面弘也『オグリキャップ 日本でいちばん愛された馬』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
オグリキャップの勝利を信じた
大観衆で埋まる第100回天皇賞
1989年10月29日、ちょうど100回めとなる記念の天皇賞。東京競馬場には天皇賞当日の入場者記録となる14万9613人のファンが入場した(従来の記録は牝馬のトウメイが勝った1971年で、14万8083人)。
さらにこの日は女性の入場者が1万5360人で、レディースデーを除いて、はじめて全入場者の1割を超えている。
馬券の売り上げも、イナリワンが勝った春の186億926万7000円を大幅に更新し、当時の天皇賞記録となる250億1300万7500円を記録した。
これは現在の天皇賞の売り上げをやや上まわる程度だが、1990年代の馬券の売り上げはここから飛躍的に伸びていき、天皇賞も400億円を超える売り上げを記録することになる。いま思えば、90年代のはじめから半ばにかけての競馬場は異常だった。
出走は14頭。豪華なメンバーが揃った。
一番人気は3枠4番に単枠指定となったオグリキャップで1.9倍。毎日王冠の激闘のあとも元気いっぱいで、変わらず飼い葉もよく食べていた。







