最初の年、オグリキャップは65頭の牝馬に種付けし、58頭の産駒をもうけている。このなかにはオグリワンのほかに、クイーンステークス2着などの成績を残したアラマサキャップ(中央2勝。アラキファーム産)などの活躍馬もいた。
咽頭麻痺を患ったことで
種付け相手の質が低下
ところが、2年めのシーズンの種付けが終わった7月の半ば、オグリキャップの体に異変がおきる。最初は風邪のような症状をみせていたのだが、なかなか発熱が治まらず、獣医師に診てもらうと咽頭麻痺と診断された。
ファンの見学は中止になり、9月には大量出血をおこすなど重症化していった。それでも、獣医師団の懸命の治療とオグリキャップ自身の頑張りもあり、なんとか快復に向かい、3年めのシーズンには種付けができるようになった。
しかし、重病を患ったことで牧場や馬主は慎重になり、種付けにくる繁殖牝馬の質も低下していった。当然、うまれてくる仔馬の評価も下がり、種付け頭数も減っていく。
病気による風評で思いだすのは、1980年代のヨーロッパ最強馬と評されたダンシングブレーヴである。
総額1400万ポンド(当時レートで約35億円)という巨額シンジケートを組まれて種牡馬になりながら、マリー病(肥大性肺骨腫)というめずらしい病気を患ってイギリスの生産界に見切りをつけられ、JRAに買われて日本にやってきた馬だ。
その後、ヨーロッパに残った産駒からコマンダーインチーフ(イギリスダービー)やホワイトマズル(イタリアダービー)がでて、体調も戻った日本ではキョウエイマーチ(桜花賞。マルシュロレーヌの祖母)やキングヘイロー(高松宮記念。イクイノックスの母の父)などの名馬を輩出している。
だが、オグリキャップはダンシングブレーヴのようにはいかなかった。最初の5年間は確実にシンジケート株分(60頭)の種付けができていたが、6年めに57頭となると、翌年から急速に種付け頭数が減っていった。最後の7年間は一桁にとどまっている。







