結局、1991年の春から種付けをはじめたオグリキャップは、16年間でのべ452頭の牝馬に種付けし、344頭の産駒が誕生した。このうち血統登録されたのは342頭で、273頭が競走馬としてデビューし、勝ち馬になったのは162頭にとどまった。
中央では重賞優勝馬は1頭もだせず、地方でも1999年に熊本県の荒尾競馬場(2011年廃止)のサラブレッド系3歳優駿(のちの九州ジュニアグランプリ)に勝ったフルミネートという牝馬だけだった。
2006年に2頭の牝馬に種付けしたオグリキャップは、それを最後に種牡馬を引退した。それからは優駿スタリオンステーションで功労馬として余生を送っていたが、2010年7月3日に放牧中に転倒し、右後脚の複雑骨折によって安楽死の処置がとられた。25歳だった。
国民全員から愛される
オグリのような馬はもう生まれない
『オグリキャップ 日本でいちばん愛された馬』(江面弘也、講談社)
オグリキャップは、良くも悪くも、バブル経済を具現したような馬だった。つねに金の話題がつきまとい、様々な噂や臆測も流れた。厳しいスケジュールでも、怪我をしても、「24時間タタカエマスカ」の流行語よろしく一所懸命に走っていた。
ただ、いまになって考えると、インターネットもスマートフォンもない、いわゆるオールドメディアの時代だったからこそ、わたしたちはあれほど純粋にオグリキャップを応援できたのかもしれない、とも思う。
恣意的な情報や声に振りまわされたり惑わされたりすることもなく、競馬場で、場外で、テレビで、自分の目で見たオグリキャップだけを信じていればよかったのだから。







