なぜ、これほどまでに長嶋はファンを魅了できたのか?『運のいい人の法則』(角川文庫)を著した著名な心理学者リチャード・ワイズマン博士は、運のいい人の共通点を3つ挙げている。それらは、「外向的であること」「オープンであること」「神経質でないこと」である。まさに長嶋にぴったりの性格ではないか。

 世の中に存在するチャンスは万人に平等である。しかし、いま述べた3つの性格を有している人は、ほかの人たちに比べて正しいときに正しい場所にいる確率が高いとワイズマン博士は主張するのだ。この事実は覚えておいていい心理法則である。

無意識のうちに
バットを握った引退前夜

いつかはやってくる日だった。
だが、その日がいよいよ明日に迫った夜、
ぼくの手は無意識のうちにバットに伸びていた。(中略)
虫の声がやんだ。
芝生を踏み固めてスタンスをきめ、バットを構えた。
思えば、この庭先で、ぼくはいったい
何万回バットの素振りをしてきたことか。

(『燃えた、打った、走った!』)
――現役最後の試合の前夜に自分の現在の心境を語った言葉

 これは1974年のリーグ最終戦の前日である10月13日のことを思い出して語った言葉である。この言葉のあとに、彼はこう続けた。

「しかし、この夜だけは別だった。ぼくには、もう入るべき打席はわずかしかない。手もとに引きつけて、全身の力をこめて打ち返すべき公式戦のボールは、もうあさってからは一球もこないのだった。構えはしたが、一度もスイングしないまま、ぼくはそっとバットをおろした」(『燃えた、打った、走った!』)

 このシーズン、前年までV9(9年連続日本一)を成し遂げていた巨人は優勝を逃がす。この日の前日に中日が優勝を決めた。そして翌日は対中日のダブルヘッダー。第1試合で長嶋はレフトスタンドに444本目の本塁打を放ち、第2試合は四番に座り、現役生活にピリオドを打つ。

 彼のすごさは、つねに切迫感を持って目の前の一瞬に人生のすべてを懸けたことにある。彼のような一流の人間は、つねに切迫感を持ちながら、目の前の一瞬を大事にして生きている。