歴史上の偉人たちは
若くして偉業を達成していた

 40歳の誕生日に、私の心は動揺した。

 人生は永遠に続くものだと思っていたのに、人生を80年と考えれば、もう半分が終わってしまった。残りの人生は、もう後半戦なのだ。そう考えてうろたえたのである。

「初老」というのは、40歳のことだと聞いたことがある。

 そうなのだ。もう私はまぎれもなく初老なのだ。

 調べてみると、一寸法師に登場するおじいさんは、40代らしい。私はもう、おじさんを通り過ぎて、おじいさんなのだ。

 山登りで言えば、もうピークは過ぎて下山に差し掛かっている。

 どうしよう。どうすればいいんだ。私の動揺は止まらない。

 時間なんて無限にあると思っていたのに、そのうちやろうと思っていることもたくさんあるのに、もう人生の後半戦なのだ……。

 しかし、まぁ、人間の心というのは良くできたもので、41歳の誕生日には、そんなことには、もうすっかり慣れてしまって、何とも思わなくなった。

 こうして私は40代を謳歌したのだ。

 ところが、である。

 50歳の誕生日に、私の心は絶望した。

「人生50年」という言葉を聞いたことがある。

 実際に、寿命が50年ということではないのだろうが、人の一生は短く儚いということだろう。そういえば、「人間50年」という一節を好んだ織田信長は、満48歳で命を落とした。

 あわてて、知っている偉人の年表を調べると、50歳では、もう命を落としている人も多い。見た目は年上にしか思えない大久保利通や夏目漱石も、50歳になる前に死んでいる。あのフランシスコ・ザビエルも享年を見れば、年下ではないか。

何も成し遂げていないのに
人生のゴールが見えてしまった

 30歳前後は「アラサー」、40歳前後は「アラフォー」と呼ぶのが流行ったことがある。アラサーはアラウンドサーティ、アラフォーはアラウンドフォーティだ。これに対して、50歳前後はアラフィフとなるが、アラ半という言い方もするらしい。

 アラ半は「アラウンド半世紀」の略らしい。

 何ということだろう。私はもう半世紀も生きてしまったのだ。

 そういえば、昔流行したものを今の若い人たちが新しがっているし、何となくファッションの流行もひとまわりしたのを感じる。