いまはもうそこそこやった。完璧ではないし完全に納得できているわけでもないが、100のうち70ぐらいはやり終えた実感がある。10しかなしとげていないころは死が怖かったが、まがりなりにも70やったわけだから、単純計算で死の恐怖の60は差し引かれている。
死んだら死んだでまあ別にいいかな、という醒めた感情がちょっとあり、雪崩に埋まっても諦めがつくような気がする(この話を広げると、70代後半とか80代の人はみんな死ぬのなんか怖くないんだろうなぁ、と私なんかは想像していたのだが、案外そうでもないらしいことがコロナのときに判明した)。
この余裕というか肩の力が抜けた感じが、50代って楽しそうだなぁという感覚を生み出しているように思う。
余計な不安や気負いもない
48歳の今が一番楽しい
50を前にすると30代のときのような不安はない。もう人生はほぼ固まったし、これまで歩んできた道のりにはそれなりに手応えがある。あとはこの道をもう少し先まで進んでみるだけである。
それに40代のときのような気負いもなくなった。表現という面でいえば、ある程度納得のいく作品をのこすことができたし、それを超える必要性もあまりつよく感じない(もちろん超えられたらとても嬉しい)。
いまはただ、行為者として行きついた極地旅行の世界、犬橇や狩猟といった行為をさらに円熟させ、深め、上達させたいと思うだけだ。そしてこれらの行為は、無論つらく苦しいときもあるのだが、基本的にとても楽しいし、荒野のど真ん中でただの存在になれるときが私の一番のよろこびだ。
犬との旅を終えて村に帰ったあと、あるいは長期の釣り登山や狩猟登山を終えて家に帰ったあと、いつもまた荒野にもどり旅をしたくてうずうずする。次の旅が近づくと地図とのにらめっこがはじまり、どのルートで旅をするか、そればかり考えて全然原稿が手につかない。
40代に入ったころからそれまでより活動が楽しくなってきた感覚はあったが、それがどんどん強まっている。いまが人生で一番楽しい、そんな気さえする。







