「40代以降は下り坂」と思い込んでいた探検家が、不惑を過ぎてたどり着いた“意外な結論”とは?写真はイメージです Photo:PIXTA

主に北極で独自の冒険の実績を重ねてきた、探検家の角幡唯介氏。若い頃、人生の頂点は「43歳」であり、歳を取って肉体が衰える中年以降は下り坂の寂しい時期だと捉えていた。しかし本稿の執筆時48歳だった角幡氏は、むしろ以前よりも冒険を楽しめているのだという。なぜ中年になると人生が自由になるのか、その理由を自らの実感から分析する。※本稿は、探検家の角幡唯介『43歳頂点論』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。

20代30代よりも
中年の今が楽しい

 ともかく若い頃の私は40代以降の人生を読み誤っていた。

 探検から足を洗っていないし、取材作家にもならなかった。むしろ事情は逆で探検のスケールは大きくなり、時間も長くなっている。

 登山の世界では年間の入山日数が100日を超えると堅気の登山者ではなく、極道登山者と認定される。つまりまっとうな社会生活者ではなく、山に人生をうばわれた立派な落伍者として肯定的に評価される傾向がある。(昭和の話かもしれないが。)

 現在の私は国内の入山日数(海など他のフィールドも含む)が30日から場合によっては60日ほど、極地探検でフィールドに出るのがたぶん100日ほどで、下手をすると150日以上フィールドに出ていることもある。

 かつて私は40代以降の人生を下り坂の寂しい時期だとどこかでとらえていた。だから43歳を超え、将来の北海道移住などを考えている自分に気づいたときは焦りをおぼえたし、この焦りこそ冒険家の遭難の遠因なのではないかと思った。

 しかし、下りはじめた当初こそ焦りが生じるが、何年かして減退が当たり前になるとそれにも慣れ、焦りもなくなり、ある意味悟って、衰える肉体と共存できるようになる。そうなると下り坂が暗い道かというとそんなことはない。むしろ年をとるのも悪いことではないと感じることも多い。