しかし帰国して1カ月もたつとその気持ちは吹き飛んでしまった。エルズミアの先に新しい道が見えてしまったからである。

 それはグリーンランドを飛び出し、数年かけて、カナダ北極圏からアラスカまでエスキモー文化圏の全体をめぐる旅である。何年かかるのだろう?あまりにも長い道のりで、考えただけでも頭がくらくらして投げ出したくなるが、これまでの経験と、あとは海峡が結氷するという運さえあれば不可能ではない、ということもわかっている。

 こんなルートを実現可能だと思えるのは過去30年近い探検活動があったからである。50にもなると、自分にしか見えないルートが足下からのびているのがわかる。まったく未知の世界を切り捨て、可能性を狭めているように見えながら、でもその狭いところで物凄く大きな可能性を秘めているのが50代という年齢なのではないか。

『43歳頂点論』書影『43歳頂点論』(角幡唯介、新潮社)

 いま私は人生という作品の完成をめざしており、それを究極の北極旅行にもとめているのかもしれない。あるいはまだ自己実現を求めているのだろうか?たしかに若い頃は自己実現をもとめて旅に出た。いまは逆で、これまでの経験を生かせる舞台を求めて旅に出ようとしている。経験を生かせるということは、これまでの生きてきた道が報われるということであり、それにより生きている実感がわくからだ。

 過去の経験のなかから、ふと、あ、今の自分にはこういうことができる、という道が見えたとき、挑戦したくなるのはそれが理由かもしれない。おなじ探検や冒険でも20年前とは行動のモチベーションがかわってきたのである。

 ともかく50代はうまくやれば30代、40代よりも可能性に満ちている。それだけはまちがいないと確信している。

 となると……もしかしたら頂点は53歳なのか?