名車「ワゴンR」、最初は「ジップ」という名前だった
しかし、鈴木氏のダジャレの才能が最も遺憾なく発揮されたのは、1993年に発売され、日本の軽自動車市場の景色を一変させた名車「ワゴンR」の誕生秘話においてであろう。
トールワゴンという新しいスタイルを確立し、男性も乗れる軽自動車として爆発的なヒットを記録した車だが、名前が決まるまでには、社内での紆余曲折があった。
当初、開発チームが予定していた名前は「ジップ」であった。短く、疾走感のある名前である。
しかし、鈴木氏はこの名前に首を縦に振らなかった。なぜか。そこには、鈴木氏ならではの直感と、運命的なひらめきがあった。当時の様子を克明に描いた書籍から、その緊迫しつつもどこか牧歌的なやり取りをひも解いてみよう。
《もっとも、スズキの内部にも最終段階でスッタモンダはあった。商品名は当初、「ジップ」という名称で決まっていた。しかし、鈴木修も戸田昌男も、あまりしっくりとしていなかった。
そこで、二人で雑談している中で生まれたのが「ワゴンR」という名称。「こういう車を何という」「ワゴンだ」「なら、ワゴンならどうか」「ワゴンは普通名詞だから使えんだろう」……。などとやり取りがあり、ワゴンONE、ワゴンSなどと発想していき、「スズキにはセダンもあるけど、ワゴンも“ある”。ならワゴンRでいこう」と半ば駄洒落で鈴木修が決めた》(『軽自動車をつくった男 知られざる評伝 鈴木修』永井隆著、プレジデント社より)
《(スズキの担当者は運輸省(現・国交省)へ名称変更について)説明に赴く。「東北地方では、方言からジップと発声できない地域があることが判明しまして……」などと変更理由を申し立てたが、担当の役人は薄々事情を察していたせいか、「笑っていました」と戸田はかつて話してくれた》(同上)
「セダンもあるけど、ワゴンもある」。だから、「ワゴンR(アール)」。
この脱力するような論理展開にこそ、鈴木氏の天才性が宿っている。
もし、この車が「ジップ」という名前で発売されていたら、果たしてこれほどの国民車になっていただろうか。
「ジップ」という響きはスマートだが、どこか冷たさを感じる。「ワゴンR」という、音の響きの中に「あーる(ある)」という肯定的な日本語のニュアンスを含んだ名前は、当時の閉塞感が漂い始めていた日本社会において、不思議なほどの明るさと親しみやすさを人々に与えたのではないだろうか。







