しかし、たとえて言えば、Aという中華料理店で天津飯を食べていたのに、食べ終わる間際のところでBというラーメン屋のチャーハンに変えられたような気持ちになってしまうのだ。お腹がいっぱいになればなんでもいいでしょ、というわけにはいかない。
「映画を倍速で見る人」と
「エンドクレジットまで見る人」の違い
現代はコンテンツ過多であり、エンタメ作品は多種多様に存在する。コンテンツを作り出す側としては、無限のように思える作品群の中から、自社の作品と読者をどう結びつけるかが課題である。
消費者の時間は有限なのだから、その限られた時間を、どのように自社コンテンツに費やしてもらえるかが死活問題なのである。しかしそのアピールが、今回のようなちょっとした不協和音を招いてしまうことがある。
最近の配信ドラマは、最後のクレジットを見ていると自動で次のエピソードに切り替わる。別ドラマが再生されることもある。
少しでも早くコンテンツを消費させるための仕掛けだが、作品の余韻を味わいたい消費者からすると、少し興醒めする。世界観に没頭したい消費者と、多くのコンテンツを提供したいサービス側に乖離が生じている。
ネット上でたびたび話題になるのが、「倍速で映画を見る人」や「映画館でエンドクレジットの途中で席を立つ人」の存在である。
「最近は倍速で映画を見る人がいるらしい」「クレジットまで見ない人ってなんなの?」そんなネタが取り上げられるたびに、それがアリかナシかで議論が巻き起こる。
結局のところは「それぞれが好きな楽しみ方をすればいい」というだけなのだが、ここではっきりと可視化されるのは、作品の世界観に最後まで浸りたい人と、コンテンツをなるべく効率的に消費したい人の2タイプがいる事実である。
そしてこの2タイプがわかりあうことはなく、特に前者が後者に対して拒否感を示すことが多い。
電子書籍に別作品の試し読みをつける試みは、コンテンツをなるべく効率的に消費したいタイプの人には好意的に受け取られたであろう。一方、違和感を表明した人は、作品の世界観を壊されることに敏感な人たちだ。







