『国宝』で描かれているのは、敗戦後の歌舞伎を含めた日本の伝統文化の危機から、現在のような歌舞伎人気を築き上げるに至った女形を中心とした歌舞伎役者たちの姿でもあるのだ。
吉田修一はインタビューで次のように述べている。
「社会が熱気に満ち、人と人との距離が現代よりも近かったように思います。喜久雄には、できるだけ多くの人と出会わせてやりたい。人生って、周りの人によって変わるものですから」(朝日新聞2016年12月29日付)と。
確かに、この作品は、歌舞伎の客足が伸び悩む時代に、喜久雄がドサ回りや映画への出演など、様々な経験を積む中で、様々な人々と出会いを重ねていく物語である。この点は吉田修一がインタビューで述べている通り、溝口健二監督の「残菊物語」(1939年)の影響を受けている。
生き延びるために
家族全員で身を守り合う
歌舞伎が低迷する時代に、三代目・花井半二郎こと喜久雄は、長崎のやくざから、大阪の芸人、京都の舞妓や映画女優、相撲取りまで、様々な人々に出会いながら自らの芸を高め、人間として成熟して行く。
『国宝』は様々な仕事に就く人物たちが次々と登場することで、往時のオールスター映画のように賑やかな作品に仕上がっている。長崎のやくざ一家で生まれ育った喜久雄は、道頓堀界隈の歌舞伎の劇場が閉場し、テレビのお笑い番組と「新喜劇」が人気を集める時代に、「天皇」として梨園に君臨するほどの立女形(編集部注/一座の中で最高位の女方)となる。
喜久雄は歌舞伎の舞台に関わる人々を食わせていくために、「からっぽ」(編集部注/二代目・花井半二郎が、女形として舞台に立ち始めたばかりの喜久雄を、高く評価したときのセリフ。文楽の人形のように個を消しているため、役には打ってつけだという意)の存在となるまで、歌舞伎役者として懸命に舞台に立ち続けるのである。
吉田修一はこのような時代の梨園の様子について次のように記している。
《舞台に立つのは役者一人ですが、たとえばジャングルを生き抜く獣の一家のようなものでして、総元締めである三友のような興行会社や劇場、贔屓筋に観客やマスコミなど、外敵にも味方にもなる相手から家族全員で身を守り合い、戦い、生き抜いていかなければならないのでございます。
いわゆる梨園とは唐の時代にあった宮廷音楽家の養成所の名ではありますが、実はそのように優雅なものではなく、傍目には歌舞伎役者の家族というのはどこも仲良さそうに見えるようでございますが、それはまさにジャングルの獣の一家と同じで、仲が良いのではなく、この生き死にがかかった世界を、一丸となって生き抜いていかなければならないからでございましょう。》(吉田修一『国宝 上 青春篇』朝日文庫)







