構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営・組織の悩みをもとに、坂田氏に話を聞きながら、同書の思想を現在進行形の課題へと引き寄せていく。
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なぜ「上司ガチャ」という言葉が、
ここまで広がったのか?
――最近、「上司ガチャに当たった」「外れた」という言い方を耳にする機会が増えました。この言葉がこれほど使われるようになった背景を、どう見ていますか?
上司との相性がキャリアに影響を与える状況は、昔から存在しており、今に始まった話ではないと言えるでしょう。また、上司に限らず、生まれた国や家庭、環境、出会う人など、自分では選べない要素は、これまでも数多く存在してきました。
ただ近年、生成AIに代表される技術の進化や、働き方・移動の自由度が高まったことで、個人が「自分で選べる」範囲は大きく広がりました。その結果、逆に「自分では選べないもの」が、より強く意識されるようになったのだと思います。かつては仕事も結婚相手も住む場所も、選べないことの方が当たり前でした。
それに比べると、今は選べるものが増えた分、「上司」という選べない要素が相対的に目立つようになった。こうした変化が、「上司ガチャ」という言葉が広がった背景の一つになっていると思います。
「当たり上司」か「外れ上司」かを
見極める視点
――まず、「上司ガチャに当たった」と感じる上司とは、どんな存在なのでしょうか?
文脈によるので一概には言えませんが、一般的には、面倒見がよく、部下の話を聞き、評価やサポートをしてくれる上司は「当たり」と受け止められやすい傾向があります。
一方で、指導が少ない、評価の基準が見えない、関心を示してくれない上司は、「外れ」と感じられやすい。
ただし、ここで注意が必要なのが、「当たり・外れ」の評価は、あくまで部下側の主観だという点です。経験が浅い段階では、その上司が本当に自分の成長につながる存在かどうかを、正確に判断するのは簡単ではありません。もちろん、パワハラなど明確に許されないケースは論外です。
しかし、それ以外の多くのケースは、短期的な印象だけで結論を出せるほど単純ではありません。
――なるほど。では、上司ガチャに外れたかもしれないと感じたとき、どうすればよいのでしょうか。
ポイントは、短期と長期を分けて考えることです。
短期的には厳しく感じた上司の指導が、振り返ってみると大きな成長につながっていた、という話は決して珍しくありません。逆に、優しくて何でも助けてくれる上司のサポートが、結果として自立の機会を奪っていた、というケースもあります。
経験の少ないうちは、どうしても「今、つらいかどうか」「気持ちよく働けているか」といった目の前の快・不快で判断してしまいがちです。だからこそ、少し時間軸を引き延ばして、「この上司の下で、数年後の自分はどうなっていそうか」を考えてみることは、とても重要です。
自分一人で判断するのが難しければ、経験のある先輩や、少し距離のある第三者に相談してみるのも有効でしょう。
――「この上司の下では成長できない」と判断していい明確なケースはありますか?
これは個人差が大きく、すべてのケースを一般論で語ることはできません。ただし、一つだけ明確な判断基準があります。それは、心身に不調が出ているかどうかです。
成長のための負荷と、健康を損なう負荷は、まったく別物です。もし明確な不調が出ているのであれば、異動や退職を含めて環境を変えることを検討すべきですし、その状況は会社にもきちんと伝える必要があります。
この線引きを曖昧にしたまま、「成長のためだから」とひとくくりにして、我慢し続けるべきではありません。
「上司ガチャ」は自分を振り返るチャンスでもある
――なるほど。では、「上司ガチャに外れた」と感じた経験を、自分のキャリアに活かすことはできるのでしょうか?
実は、こうした出来事は、自分を振り返るための貴重な材料になります。何も問題が起きていないとき、人はなかなか自分の価値観や前提を問い直しません。
しかし、不満や違和感が生じたとき、人は初めて「なぜ自分はこれほど引っかかっているのか」を考え始めます。
大切なのは、感情だけで結論を出さないことです。「なんとなく嫌だ」「合わない気がする」で終わらせず、具体的な出来事を書き出してみる。
誰に、どんな場面で、何を言われたときに傷ついたのか。どんな瞬間に成長実感があったのか。そうして解像度を上げて振り返ることで、自分が何を大切にしているのかが、少しずつ見えてきます。
他人にとって良い環境が、自分にとっても良いとは限りません。成長のスピードや負荷への耐性も、人それぞれです。上司ガチャに外れたと感じたときこそ、自分自身の価値観を見つめ直す機会として使うべきです。
――同じ経験をしても、成長につなげられる人と、そうでない人がいます。
その違いは、自分を一段引いた視点で見られるかどうかにあります。
何かが起きたときに、「この出来事は、自分にとって何を意味しているのか?」と問い直せるかどうかです。
先ほど触れたように、出来事を具体的に書き出し、共通点を探していく作業は、こうしたメタ的な視点を鍛えるうえで非常に有効です。不満を吐き出すだけで終わるか、意味づけを変えられるかで、その経験の価値は大きく変わります。
最終的に差がつくのは「自己決定力」
――上司ガチャに振り回されず、長期的に成長できる人の共通点は何でしょうか?
それは、自己決定力を少しずつ高めていることだと思います。
ここで言う自己決定力とは、上司を選ぶことではありません。自分で決める範囲を、意識的に広げていく力のことです。
例えば、自分で課題を設定し、やり切る。自分で決めた習慣を継続する。こうした日常の小さな自己決定の積み重ねによって、「自分でコントロールできる領域」は確実に広がっていきます。
大前提として、上司を自分で選ぶことはできません。だからこそ、まずは置かれた環境で最大限力を発揮しようとする姿勢が大切になります。
上司ガチャは、数ある要素の一つに過ぎません。昔から、自分で選べないことはたくさんありましたし、それは今も変わっていません。その中で、自分が決められることに集中し、その範囲を広げていく。それこそが、変化の激しい時代においてキャリアの主導権を握る、最も現実的な方法だと思います。
――上司ガチャという不確実性の高い環境で、最後に意識すべき姿勢は何でしょうか?
ここで重要になるのが、「戦略のデザイン」という考え方です。
今の時代、あらかじめ用意された正解を見つけ、それに従えばうまくいくという状況は、ほとんど残っていません。上司との相性、組織の変化、事業環境の不確実性。どれも事前に完全に予測することはできません。
だからこそ必要なのは、正解を当てにいく姿勢ではなく、その時点で考え得る最善手を打ち、状況に応じて修正し続ける姿勢です。
この上司の下で、今の自分にできる最善は何か。この環境で、今身につけるべき経験は何か。そうした問いに対して暫定的な答えを出し、実行し、振り返り、軌道を修正する。この繰り返しこそが、自分を現実の中で成長させるということです。
『戦略のデザイン』で繰り返し強調しているのは、戦略とは机上で完成させるものではなく、行動と修正を通じて形づくられていくものだという点です。キャリアも同じです。上司ガチャに一喜一憂するのではなく、不確実性を前提に、自分なりの最善手を打ち続けられるかどうか。
正解がない時代において差がつくのは、最初から完璧な選択ができた人ではありません。不完全な状況の中で意思決定し、その結果から学び、次の一手を更新し続けられる人です。
上司ガチャという現実もまた、その「戦略をデザインする力」を鍛える場の一つなのだと思います。
――ありがとうございました。
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。




