構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営・組織の悩みをもとに、坂田氏に話を聞きながら、同書の思想を現在進行形の課題へと引き寄せていく。
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「辞めたこと」を問題にしている限り、
本質は見えない
――心理的安全性を高めたのに、離職者が増えてしまったという話を最近よく耳にします。何が起こっているのでしょうか?
退職者が増えたという事実だけを見て、すぐに「失敗だ」と結論づける必要はありません。重要なのは、なぜ離職が起きたのかです。
ご相談のケースでは、「パープル企業になってしまったこと」が原因だと捉えられています。もしそれが実態を捉えているのであれば、そこには明確な組織上の課題があります。
ここで言う「パープル企業」とは、ホワイト企業を目指すあまり、仕事における緊張感や達成への責任が薄れてしまった状態を指しています。表面的には話しやすく、居心地のよい職場に見えるかもしれません。
しかし、成果と行動が結びつかない環境では、やがて「ここで働く意味」が見えなくなっていきます。
――心理的安全性は、本来は働く環境を良くするためのものですよね。それでも問題が起きるのはなぜでしょうか?
心理的安全性を高めること自体は、決して間違いではありません。問題は、心理的安全性と結果責任が切り離されたまま設計されていることにあります。
心理的安全性ばかりが強調され、成果に対する期待や責任が曖昧になると、組織は次第に緊張感を失っていきます。
その結果、仕事は「頑張らなくても咎められない場」になり、学びや成長の実感が得られなくなります。
人はコンフォートゾーンにいれば楽ですが、やりがいや成長は得られません。本来、成長や達成感が生まれるのは、コンフォートゾーンの外側にあるストレッチゾーンです。
リーダーの役割は、心理的安全性を確保しつつ、メンバーに明確な期待と責任を渡し、このストレッチゾーンに導くことです。ただし、過度な要求でパニックゾーンに追い込んでしまっては、逆効果になります。
心理的安全性と結果責任は、どちらか一方を選ぶものではありません。常にセットで設計されるべきものなのです。
「結果責任=パワハラ」という誤解
――結果を求めると、心理的安全性が壊れると感じるマネジャーも多いですが…
それは、結果責任の「かけ方」を誤解しているからです。結果責任を持たせるとは、誰かを追い込むことではありません。何にコミットするのかを明確にすることです。
高圧的な態度や、人格・能力の否定は、心理的安全性を破壊し、組織のパフォーマンスを著しく下げます。そのような行為があった場合、たとえ優秀な人材であっても、組織として厳しく対処しなければなりません。それほど、心理的安全性を損なう代償は大きいのです。
一方で、結果責任をまったく求めないことも、組織を確実に弱体化させます。
組織は、居心地よく過ごすために存在しているのではなく、価値を生み出すために存在しています。その過程で、健全な努力や成長、健全なコンフリクトが生まれることは、むしろ望ましい状態です。
――それでも、現場では「衝突を避けてしまう」ケースも多く見られます。
そこで重要になるのが、組織としての目的が明確かどうかです。
部門ごとにミッションが異なれば、意見がぶつかるのは自然なことです。
しかし、組織に複数の部門が存在する理由は、より上位の目的を達成するためです。「この組織は、そもそも何のために存在しているのか」という視点が共有されていれば、意見の対立は、個人間の衝突ではなく、建設的な議論に変わります。
また、仕事の成果や役割の遂行については、厳しく向き合う必要があります。ただし、それはあくまで仕事や行動に対してであり、人格や能力を否定することは決して許されません。
「なぜできなかったのか」「次に何を変えるべきか」を、個人を責めるのではなく、仕組みやプロセスに向けて問い続ける姿勢こそが、組織に求められます。
――心理的安全性を重視するあまり、評価や1on1が曖昧になってしまうケースも見受けられます。
上司と部下が定期的に対話すること自体は、とても重要です。ただし、それが単なる雑談や安心確認の場になってしまっては意味がありません。
対話の軸には、常に「何を達成すべきか」という目標が存在するべきです。
目標があり、その達成度を振り返り、未達であれば「どうすればよかったのか」を一緒に考える。この緊張感があるからこそ、部下は成長できます。馴れ合いの関係は、一見居心地が良くても、組織にとってプラスにはなりません。
上司と部下は「上下関係」ではない
――しかし、厳しくすると、職場の雰囲気が悪くなるのではと心配する人も多いと思いますが…
上司と部下を「上下関係」として捉えてしまうと、組織はすぐに歪みます。上司と部下は、あくまで役割が異なるパートナーです。
リーダーは、偉い存在ではありません。組織から託された役割を果たしているだけです。その役割を履き違えた瞬間、心理的安全性は簡単に失われます。
――このバランスを組織全体に広げるには、何が必要でしょうか?
まず経営や人事が行うべきなのは、「許されない行動」を明確に定義することです。それが起きた場合は、例外なく対処するという方針を示さなければなりません。
そのうえで、期待される行動と許されない行動を明文化し、組織全体に共有する必要があります。ジョブ型かどうかに関わらず、組織で役割を担う以上、期待役割は明確でなければなりません。
ここが曖昧なままだと、上司はどこまで踏み込んでよいか分からず、結果として強すぎる、あるいは弱すぎる関わり方に振れてしまいます。
もし、組織の目的や方向性が曖昧なのであれば、それは経営の責任です。経営は、一度伝えれば終わりではありません。日々の意思決定や業務を通じて、繰り返し示し続ける必要があります。
最初に見直すべきは「人事施策」ではない
――パープル企業に陥った組織が、最初にやるべきことは何でしょうか?
最も避けるべきなのは、人事施策から着手することです。制度をいじったり、1on1の回数を増やしたりしても、根本的な解決にはなりません。
まず見直すべきは、組織全体の目標です。その目標を部門ごとにブレイクダウンし、各部門の役割を明確に定義し、さらに個人に期待される役割を言語化することが必要です。
そのうえで、役割を果たすために必要なリソースを提供し、成果を検証する。
成果が出なかった場合は、原因を明確にする。ただし、多くの場合、それは個人の資質ではなく、制度やリーダー側の設計にあります。
「緩めたから、今度は厳しくしよう」といった短絡的な対応では、また同じ失敗を繰り返します。
組織として「何ができていないのか」「何をすべきか」を明らかにし、それを個人に正しく渡すこと。それこそが、心理的安全性と結果責任を両立させる組織づくりの出発点です。
――ありがとうございました。
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。




