構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営・組織の悩みをもとに、坂田氏に話を聞きながら、同書の思想を現在進行形の課題へと引き寄せていく。
Photo: Adobe Stock
現場が動かないのは
「危機が伝わっていない」からではない
――資金繰りが厳しく、倒産の可能性すらある。それにもかかわらず、従業員からは危機感が感じられない。このような相談は、再生や戦略の現場でよく耳にします。なぜ、これほど切迫した状況でも、現場は動かないのでしょうか。
結論から言えば、これは従業員の意識の問題ではありません。完全にリーダー側の設計の問題です。
多くの経営者は、「会社が危ない」「資金が尽きそうだ」と伝えれば、現場にも自然と危機感が共有されると考えがちです。しかし、現実にはそうはなりません。
理由は明確です。
経営と現場では、見ている時間軸がまったく異なるからです。
現場が日々向き合っているのは、今月の売上、今日の業務、どうすれば一日を無事に終えられるかといった、極めて短い時間軸です。
一方で、経営が見ているのは半年後や一年後の資金繰り、事業の持続可能性、会社が生き残れるかどうかという世界です。
この時間軸のズレを埋めないまま危機を叫んでも、現場には響きません。実際、業績が安定している会社であっても、月次目標に未達の従業員は強い危機感を持っていたりします。
逆に、再生局面では、経営陣が資金繰りで追い込まれている一方で、現場は緊張感に乏しく、誰も本気で「会社がつぶれる」とは思っていないような場面を何度も見てきました。
――このような状況で、経営者がやりがちな対応にはどのようなものがありますか?
典型的なのは、当事者意識を求めるメッセージや精神論です。「危機感を持て」「みんなで乗り越えよう」といった呼びかけは、気持ちとしては理解できますし、無意味ではないですが、効果は限定的です。
なぜなら、現場は感情ではなく、自分の業務内容と評価の仕組みによって動いているからです。
危機感とは、気合や根性の訴えかけで生まれるものではありません。
どの行動が評価されるのか、何に時間を使えば成果につながるのか、何を変えなければ数字が改善しないのか。こうした構造が明確になったとき、初めて現場は「これはまずい」と認識し、行動を変え始めます。
現場が鈍感なのではありません。危機が、現場の行動と結びつく形で設計されていないだけなのです。
有事に最初に設計すべきは
「KPI」ではなく「CSF」である
――では、危機的な状況において、何から手をつけるべきでしょうか?
多くの人はここでKPIと答えます。半分正しく、半分間違いです。
正確には、KPIの前にCSF(重要成功要因)を定義する必要があります。CSFが定義されていないKPIは、単なる数値管理にすぎず、行動を変える力を持ちません。
危機的状況にある会社で、まずやるべきことは三つです。
第一に、根本的なボトルネックを特定すること
第二に、そのボトルネックを解消するためのCSFを定義すること
第三に、そのCSFを測定し、行動を駆動するKPIを設計すること
この順番を誤ると、KPIは現場を追い詰めるだけになり、状況はかえって悪化します。
――再生局面で、多くの企業が間違えやすいポイントは何でしょうか?
それは、有事であるにもかかわらず、平時の意思決定を続けてしまうことです。
多くの企業では、再生局面に入っても、平時と有事の問いが切り替わらないまま議論が進められています。
平時であれば、売上をどう伸ばすか、コストをどう下げるかといったオペレーショナルな判断で十分です。
しかし、有事にはまったく異なる問いが求められます。この事業は本当に続けるべきなのか。限られた資源を、どこに集中させるのか。どうすれば、短期をしのぐだけでなく、将来に耐えうる事業構造にできるのか。
こうした戦略的意思決定を先送りし、日々の改善だけで乗り切ろうとすると、意思決定は遅れ、組織は動かなくなります。
リーダーシップの本質は
「感情」ではなく「構造」を動かすこと
――では、危機的状況において、リーダーに本当に求められる役割とは何でしょうか?
それは、現場に細かな指示を出すことでも、声を荒らげて危機感を訴えることでもありません。現場が動かざるを得ない構造を設計することです。
経営がやるべきなのは、方向性と制約条件を明確に示すことです。
どの方向に向かうのか。何を守らなければならないのか。どの資源を使ってよいのか。これが明確であれば、現場は自信を持って動くことができます。
逆に、「自由にやっていい」という曖昧なメッセージでは、現場は判断基準を持てず、結果として何も動きません。
――最後に、危機的状況にあるリーダーに伝えたいことはありますか?
従業員に危機感がないと感じたとき、まず疑うべきは現場ではなく、自分自身です。
メッセージは現場の時間軸に合っているか。CSFは明確か。KPIは行動につながる形で設計されているか。有事の意思決定が、先送りされていないか。
リーダーシップとは、フォロワーの感情を揺さぶることではありません。構造を変え、行動を変えることです。その覚悟を持てたとき、組織は初めて本当に動き始めます。
――ありがとうございました。
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。




