なおBさんのプロフィールは「実家のある市内の高校を卒業後、複数の接客業を経て、20代後半で中学の同級生と結婚し、現在は2児の母でパート勤務。実家の近くに建つ一軒家住まいで、家の車はミニバンと軽ハイトワゴンの2台持ち」である。

 たしかに最近、「普通の人」がChatGPTを相談相手として使い倒しているのを実感する。

 ここで言う「普通の人」とは、流行に敏感で自発的に情報収集するタイプ“ではない人”のことを指す。最新技術には「なんかよくわかんないから、今は大丈夫」と、導入はとりあえず様子見。イノベーター理論で言うところの、イノベーターやアーリーアダプター“以外”の人。非・技術エリート層。広告代理店的な言い方をするなら、「等身大の生活者」というやつだ。

ChatGPTの役割は知的アシスタントではなく「優しい相談相手」

 Aさんによれば、Bさんは日常生活のあらゆる愚痴や相談ごとをChatGPTに投げている。子供の通う学校や夫の交友関係に対する不満、ママ友や義実家とのやり取りで生じたモヤモヤ。そこに即時で返ってくる優しいアドバイスに胸を撫で下ろし、安堵する。

 ここで大事なのは、「普通の人」が使い倒しているChatGPTの機能が「悩みごと相談」であるということだ。圧倒的な正解が欲しいわけではない。ただ聞いてほしい。相槌を打ってほしい。寄り添ってほしい。こちらが望む、思いやりに満ちた提言が欲しい。それらは断じて、経済誌やビジネス系サイトや書店のビジネス書コーナーを賑わせている「ビジネスソリューションの提供」や「知の探求」「作業効率アップ」の類いとは違う。

 多くの「普通の人」が生成AIに求める役割は、知的労働のアシスタントではなく、優しい相談相手である――。このことは昨年8月、ChatGPTがGPT-4oからGPT-5にバージョンアップされた際のユーザーからの反発にも現れていた。