高齢の経営者だと「企業の生存率」が高まる
さらに、高齢の経営者がトップにいることには、もう1つの重要な経済的合理性がある。
それは「企業の生存率」を高めるという点だ。自由競争の社会では、企業は常に淘汰の波にさらされている。若い経営者は、自分の能力を証明したいという野心からリスクの高い投資に走ることがあるが、高齢の経営者は「存続」を最優先に考える傾向がある。
この点について、経営者の年齢と企業のパフォーマンスの関係を調べた研究が示唆に富んでいる。
《時間を追って企業を追跡調査したところ、CEOが年齢を重ねるにつれて、企業の投資、売上の成長、収益性は低下するものの、生存確率は高まることがわかった。 これは、若いCEOと年配のCEOの経営アプローチの間にトレードオフ(一長一短の関係)があることを示唆している。(中略)我々の発見は、年配のCEOが高い利益や急成長を犠牲にしてでも、企業の存続を重視する傾向があるため、年齢とともに経営スタイルが変化することを示唆している》(『CEO’s Age and the Performance of Closely Held Firms』2019年)
キヤノンはすでに世界的な大企業であり、無謀な急成長を追い求めるフェーズではない。
今、最も重要なのは「生き残ること」だ。御手洗氏の経営は一見「守り」に見えるかもしれないが、それは「企業の生存」という最重要ミッションを遂行するための、極めて理にかなった戦略的選択なのだ。
最後に、前述のBBCの記事に登場している「スーパーエイジャー(Super Agers)」という概念についても触れておきたい。
これは、80代以上になっても、若者と同等の認知機能を維持している人々のことを指す 。彼らの脳は、通常の加齢による衰えを見せない。
私たちは「90歳」という数字だけで人を判断しがちだ。しかし、最も忌避されるべきは、個人の能力を無視して属性(年齢)だけで一律に評価を下す「エイジズム(年齢差別)」であるはずだ。
私は自由な社会が好きだ。そこでは、年齢に関係なく、結果を出した者が称賛されるからだ。
平均的な90歳がどうであれ、目の前にいる御手洗冨士夫という個人が、過去最高益を叩き出すほどの判断力を維持しているならば、その能力は正当に評価されるべきだ。
御手洗氏は、年齢という単なる数字を超越した場所で、経営という実力勝負の世界を生き抜いている。私たちは、90歳の彼がトップにいることを「停滞」と嘆くのではなく、激動の時代に「不動の巨木」が一本立っていることの頼もしさを、もっと評価してもいいはずだ。
彼がキヤノンという巨艦をどこへ導き、最後にどのようなバトンパスを見せるのか――。高齢化社会を迎えた日本、いや世界全体にとって、1つの希望の物語になるに違いない。








