◆子どもを追い詰める「毒親」の意外な正体
誰にでも、悩みや不安は尽きないもの。とくに寝る前、ふと嫌な出来事を思い出して眠れなくなることはありませんか。そんなときに心の支えになるのが、『精神科医Tomyが教える 1秒で不安が吹き飛ぶ言葉』(ダイヤモンド社)。ゲイであることのカミングアウト、パートナーとの死別、うつ病の発症――深い苦しみを経てたどり着いた、自分らしさに裏打ちされた説得力ある言葉の数々。心が沈んだとき、そっと寄り添い、優しい言葉で気持ちを軽くしてくれる“言葉の精神安定剤”。読めばスッと気分が晴れ、今日一日を少しラクに過ごせるはずです。
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自分が「毒親」ではないか?
「毒親から逃れる方法」はけっこう語られていますが、一方で「自分が毒親かもしれない」と自覚し、改善したいのにうまくいかないと悩む方も少なくありません。しかし、結論から言えば、「自分は毒親ではないか?」と悩み、なんとかしたいと思っている時点で、その方は本来の毒親ではありません。
本当の毒親というものは、自分の振る舞いに問題があるという自覚をそもそも持っていないからです。こうした悩みを持つ方の多くは、親としての教育方針以上に、自分自身に対する否定的な感情や、自己肯定感の低さ、あるいは「認知の歪み」といった“思考の癖”を抱えている場合がほとんどです。
毒親かどうかの境界線は?
毒親かどうかの境界線は、心理学的な「バウンダリー(境界線)」にあります。つまり、子どもの問題と親の問題を適切に分けて考えられているかという点です。
毒親は、子どもを自分の一部や所有物のように扱い、本来子どもが自分で考えて決めるべき「自分軸」の領域を侵害してしまいます。自分の期待通りに動かそうと強要してしまうことが、「毒親」と呼ばれる行動の本質です。
もし自分にその傾向があると感じているのなら、まずは親子の境界線を意識して、子どもの主体性を尊重することから始めてみましょう。
「期待をやめると寂しい」という感情
「子どもへの過剰な期待をやめると、同じ家にいても寂しさを感じる」という悩みは、非常に重要なポイントです。この寂しさは、実は期待そのものではなく、親子間のコミュニケーションのあり方に起因しています。
人間関係において、一方的な「期待」を押しつけることはトラブルの元になります。しかし、「期待をしない」ということは、決して「子どもを放っておく」ことや「関心をなくす」ことではありません。
寂しさを感じるのは、これまでのコミュニケーションが「コントロール(支配)」に基づいていたからかもしれません。子どもをありのままに認め、一人の人間として対等に向き合うことができれば、その寂しさは解消されるはずです。



