大河ドラマ「豊臣兄弟!」第6話より (C)NHK
歴史はエンターテインメント!かしまし歴史チャンネルへようこそ。NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』第6話では、織田信長(演:小栗旬)の部屋を訪れた弟、信勝(演:中沢元紀)が斬られるシーンがありました。これを見て「あれ?信長の弟の名前は『信行』じゃなかったっけ?」と不思議に思った人もいるのでは?また、ドラマを見ていただけでは、なぜこの兄弟が争っていたのか、事情がよく分からなかった人も多いのではと思います。今回は信長の弟の名について、そして信長・信勝兄弟が対立した理由を史料に沿って解説します。(かしまし歴史チャンネル/川合章子)
「信行」ではなく「信勝」~ドラマは新史料に沿っている
織田信長の弟といえば、かつては「織田信行(のぶゆき)」という名で広く知られてきました。しかし近年の研究によって、この名前が後世の誤伝である可能性が高いことが明らかになっています。
江戸初期に編纂された織田家の系図や、『信長公記』には、確かに「信行」と記されており、それが長く定説として受け入れられてきました。しかし一方で、同時代史料である『熱田神宮宮家文書』や、公家・山科言継の日記『言継卿記』などには、信長の弟の名は「信勝(のぶかつ)」と記されています。こうした史料状況から、現在では織田信勝が実名である、という見解が有力になっています。
なお、この信長の弟は短い生涯の中で、信勝/達成(みちなり)/信成(のぶなり)と幼名の後に3回改名しています。その都度呼び分けると混乱を招くため、本記事では「信勝」に統一して述べます。
兄弟であり、競争相手でもあった二人の対立
信長と信勝は、父・織田信秀、母・土田御前の間に生まれた同母兄弟です。通常であれば、父の死後は兄が家督を継ぐのが自然な流れですが、織田家ではそう単純にはいきませんでした。
若き日の信長は「うつけ」と呼ばれ、奇矯な振る舞いも多く、家臣たちからも当主としての器量を疑問視されていました。信秀自身も、信長一人に家督を託すことに不安を抱いていたのか、晩年は那古野城を信長に、末森城を信勝に与え、兄弟による分担統治という形を取らせていました。
ところが、そんな状況下で、信秀が急死してしまったのです。







