……つまり、彼の「不適切な行為」について問うはずの諮問委員会の内容ではなく、その開催にまつわる経緯が「罪状」にされていた。しかも後者はなんの証拠も示さず、「考えられる」だけが理由にされていた。そこから判断するに、マイルズさんが諮問委員会を「カンガルー・パネル」「サーカス」と呼んだのは、あながち的外れではなかったと言える。

 特筆すべきは、香港中文大学ではちょうど昨年12月に学内2つの学院(学部)学生会が運営停止に追い込まれていたことだ。実際には2019年以降、中文大学のみならず香港中の大学学生自治組織が次々と「学校側の承認を受けられない」形で解散・運営停止に追い込まれている。そう考えると、この2つの学生会の閉鎖は決して「珍しい」ことではない。だが、この時期、香港大学では学内で火災の犠牲者追悼式を行おうとした学生グループが圧力を受けて断念させられた。中文大学は特に火災現場のすぐ隣にあり、学生たちへの心理的影響も大きかったに違いないが、なんの声明も出していない。

 これは長らく社会との関わりを重視してきた香港の大学として、あり得ないことだった。そして、マイルズさんの放校処分についても、大きな波紋が巻き起こっている。

 学生自治会の元幹部で自身も逮捕歴がある中文大学卒業生は、「以前の中文大学は、善意の行動で逮捕された学生にはカウンセリング、ケア、協力の態度を取っていた。学生が逮捕されると警察署を訪れ、学生の間違いを問いただすのではなく、弁護士を立てるべきかどうかを尋ねてくれた。学生の気持ちをまず考えてくれた」とSNSに書いた。そして、「今の中文大学はぼくにはもう見知らぬ存在だ。教育理念が腐ってしまったようだ」と付け加えている。

香港中文大学の元学長、高錕氏のエピソード

 そう感じているのはこの元卒業生だけではない。香港中、いや今は世界中に散らばる香港中文大学の卒業生たちの間で、かつて学長を務めた高錕(チャールズ・カオ)氏の逸話がネットを駆け巡っている。

 高氏は1993年、香港中文大学の学長を務める傍ら、中国政府が香港返還の前準備として設置した香港事務顧問に就任した。このことは、天安門事件(1989年)の記憶がまだ生々しい香港で大きな波紋を引き起こした。