この年、中文大学は設立30周年にあたり、その記念式典で高学長が舞台に上がってあいさつをしようとしたところ、十数名の学生が飛び出して横断幕を広げてそれを遮った。賓客たちが見つめる中、高学長は舞台上でマイクを握って苦笑いをしていたという。

「なんでも反対してみる。それでこそ学生だよ」

 式典が終わってから、「学生たちを処分するんですか?」と尋ねられた高氏は、「処分? なぜ処分するんだ? 彼らにだって意見を述べる自由はあるんだから」と答えた。さらに後に夫人が明らかにしたところによると、当時の高氏は学生たちと大議論をして自宅に帰ってくると、「なんでも反対してみる。それでこそ学生だよ!」と言っていたらしい。

 このエピソードは当時の学生新聞の記者によって掘り起こされ、多くの人たちの心に「香港中文大学の教育基礎理念」として記憶されてきた。

 だが、今回のマイルズさんをめぐる中文大学の処分は、こうして受け継がれてきた教育理念を大きく塗り替えるものとなった。大学側はどうして、まだ有罪判決を受けたわけでもないマイルズさんを、卒業目前に退学にしたのか、いや退学にせざるを得なかったのか。

 その問いかけに対して、大学は沈黙を守っている。

 筆者もあるポッドキャストでのマイルズさんのインタビューを聞いた。進行役に「これが今の香港の現実。今後、君も大変だろう? どうする、香港を離れるかい?」と尋ねられ、マイルズさんはこう答えていた。

「香港国家安全維持法(国安法)が施行されてもう5年半が経った。その国安法で起訴された『アップルデイリー』の創業者、黎智英(ジミー・ライ)さんが懲役20年の判決を受けた。でも、その判決日、裁判所前で傍聴券を求めて並んだ人たちが数百人、長い長い列を作っていた。あの人たちがいる限り、ぼくは香港にいる。香港はますます廃墟になりつつあるけれど、ぼくは普通の香港人としてその廃墟の中で希望の光を放ち続ける存在でいたいんだ」

 この言葉に、筆者の涙腺が緩んだ。

 まだ、わずか24歳。今後のマイルズさんがその信念を貫くことができ、その人生に幸あれと祈りたい。

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