2025年11月、大規模火災が起きた香港の高層住宅群2025年11月、大規模火災が起きた香港の高層住宅群 Photo:SANKEI

卒業まであと数週間。単位はすべて取り終えていた。それなのに大学が下した処分は「学籍抹消」だった。罪状として挙げられたのは、有罪判決でも暴力行為でもなく、審査委員会を「茶番」と呼んだこと……マンション火災の現場でビラを配った善意の大学生に対し、香港政府と大学の対応はあまりに非情だった。それでも彼が香港を去らない理由とは何か。かつて「なんでも反対してみる、それでこそ学生だよ」と言った伝説の学長がいた大学で、今、何が起きているのか。(フリーランスライター ふるまいよしこ)

香港中文大学のロケーション

 香港のトップ大学の一つ、香港中文大学は、香港といえば誰しもが想像するあのニョキニョキビルが立ち並ぶ大都会の喧騒から離れ、緑と水に囲まれたすばらしい立地にある。初めてそこを訪れた人は「香港にもこんなところが!」とびっくりするはずだ。

 市内中心部から中国・深センを結ぶ鉄道に乗り、そのものずばりの「大学」駅に降り立つと、ホームからは山肌に沿って点在する大学施設が目に入る。駅を出たところには校内循環バスの停留所があり、電車を降りた人たちは三々五々それらのバスに乗り込み、広大なキャンパスに散らばる施設へと送られていく……。

 そのキャンパスはこれまで長い間、一般市民も自由に出入りできていた。それこそ、外部の人間がゆっくりと散策したり、時には学内で開かれる公開講座に参加したり、思いつきで教授が校庭で行う授業を勝手に「聴講」することもできた。そんな贅沢な環境でじっくり学べるせいだろうか、同大学卒業生たちは、総体的に線の細い香港人大学生の中で豪胆な人が多い気がする。

大学に「改札口」が生まれた日

 しかし今は、駅を出るとバス停留所の手前に、まるで改札口のような機械が設置され、学生や教職員たちは学内身分証をかざしてそこをすり抜ける。外部の人間は別途設けられた、警備員が待ち構えるテントに赴き、行き先あるいは訪ね人の所属や名前を伝え、自身の身分証明を提示して初めて入校が許されるシステムになっている。

 その審査は特別厳しいものではないし、警備員の態度も穏やかで丁寧だ。だが、眼の前いっぱいに広がる開放的な空間に比べると、また以前そこを自由に出入りできていた闊達さを知る身としては、やはりひっかかるものがある。

 このシステムは、2019年の反政府デモの際に大学キャンパスで火の手が上がるほど激しい衝突が繰り広げられた後に設置された。やはり警察と衝突したデモ隊が約2週間にわたって籠城する現場となった香港理工大学も、以前は隣の鉄道駅やバスターミナルへ行くために多くの市民がそこを自由に通り抜けていたのに、今は同様の「改札機」が設置され、市民の往来はできなくなっている。

 香港の大学はあの時をきっかけに、大きくその姿を変えてしまった。